まる2年、になるんだよ。
 それが、今日逢いたいと云ってきた理由を問うた土方に対する銀時の回答だった。
 答えになっているとは思えぬその言葉に土方は眉間の皺を深くする。鞄をソファに放り投げ、窓に向かいながら土方は銀時を一瞥した。

「何が」

 最低限の言葉で問い掛け、窓を開け放つと日中室内にこもっていた空気を外の涼しい風が掻き回す。土方が住まうアパートの裏手にある畑や畦道に潜んでいるのだろう鈴虫の声が、途端に大きくなった。
 車で家を出て途中で仕事帰りの土方を拾い、更に途中で買い込んできたものを卓袱台に下ろした銀時が適切に回答を付け足す。

「俺たちがはじめて会った日から」
「……職業病」
「それもあるのは否定しないけど、それだけじゃねェって」

 いつも云ってんだろ?と銀髪の男は心外そうに溜め息を吐いた。その中に幾分か含まれた怒気には気付かないフリをして土方は脱いだスーツをハンガーに吊るした。
 今日の約束を取り付けられるまでに交わした遣り取りの中で感じていた疑問が、何となく解消されつつある。だから漸く得心がいった。

「それで一ヶ月も前からこの日は空けとけだの部屋に来たいだの煩かったわけか」
「まぁ、そういうわけです」
「で? 何かあんのか?」
「いや、何もねーよ。だってほら、今日俺手ブラじゃん。家に何もないっていうから酒とツマミは買ったけど。勿論俺としてはね、折角の記念日なんだから花束用意するとかオイシイ料理と美味い酒でお迎えしたりしたかったんだけど」
「職業病」
「……そう云われると思ったからしたくなかったんだよ」

 けれど、だからといって自分の部屋に土方を招くと絶対何かしてしまいそうで、それに偶には土方の家で過ごしたいと思ったから渋る土方に頼み込んだのだ。
 それにしても、職業病、というのは土方の口癖なのだろうか。今日だけでもう二度も云われてしまっている。
 土方はいつも銀時の心を見なかった。
 銀時が本心から土方を想っての言動も総てはホストだからという一点に集約される。それは喩えようもない虚しさを銀時に齎すが、幾ら言葉を尽くしたところで土方が信じてくれない限り否定は無意味なのだからいつも口を噤むしかなかった。
 ―――俺だってそんな四六時中ホストなんかやってらんねーっつか、土方の前でホストやってることなんか一遍もねェってのに。
 といっても、それを証明する手段はまた言葉という信じられることのないものしかないのだが。
 言葉もダメ。行動もダメ。自分の感情を伝えるのは、こんなに難しいことだっただろうかと思う。何もなく、唯好きだなんて、いちばん単純でいちばん根源にあるものだと思うのに。だからだろうか。底の底にあるから、その他のものに隠れて遠くて手が届かなくて、だからダメなのだろうか。
 それが考えても詮無いことであるのは重々承知していた。
 銀時は吐き出しそうになる溜息を無理矢理声に転換して誤魔化す。

「だから今日は、何もしないで一緒に過ごすだけ」

 云いながら銀時はビールとツマミに加え、一緒に買ったプリンとマヨネーズもテーブルに広げた。カルパスにマヨ、はともかくマヨに埋もれたカルパスってのはどうなんだろう、といつも密かに思っていたりするのだが口出しできたためしはない。しても無駄だから。なので黙って二本目のマヨは袋に入れたままにしておくことにする。
 机の下でそんなことをしている銀時には気付いていないのか、向かいに腰を下ろした土方は空っぽの灰皿を引き寄せて煙草に火をつけた。そして、ふぅと吐き出した灰色の一息をほんの一瞬、眼で追う。そのときの土方の表情が銀時は好きだった。無表情だが、冷たくはない。そんな様で銀時に視線を合わせないまま、土方は含みのあることを口にする。

「へぇ。俺はまた、明日が創立記念日だと知ってのことかと思ったんだがな」
「創立記念? 土方が仕事してるガッコの?」
「ああ」
「じゃあ休みってこと?」
「ああ。俺はな」
「……それってお誘い?」

 気が逸らないように、慎重に声音を整えて問う。そうしている時点で既にがっついているようでみっともないと思うのだが、こればかりはどうしようもなかった。
 傍にいれば、求めずにはいられない。
 それでもムリをすれば明日の仕事に響くだろうとなけなしの忍耐で堪えているのだ。だが休みだと知ってしまった今、我慢などできるわけがない。そんなことはこの男だって分かってる筈だ。知った上で、その言葉を吐いて、なのに土方は素知らぬフリで無関心な顔をしている。
 一本目の煙草を揉み消してビールを呷り、色素の薄い眼が銀時を見て眇められた。

「好きにとれ」

 そんな答え方、反則じゃないのか。
 銀時はがしがしと頭を掻き回し、ビールの缶を一気に傾けた。ヤケに近い気持ちに思考が占拠される。
 返答など、決まっているのに。
 性悪な笑みを浮かべる土方を恨めしくさえ思う。それが、引き倒してその顔を歪めさせてやりたいという衝動を見る者に駆り立てさせるような表情であることまで計算尽くなのか否か。測り知る術を銀時は与えられていない。
 唯、この好機を逃せば土方が機嫌を損ねるであろうことは確かで、自分が彼の誘いの手を撥ね除ける理由も我慢強さも持ち合わせてはいないのが事実なのだった。だから、どれだけ考えたところで無駄だ。
 この時点で未来はひとつに絞られる。結局は抗えず、敵わない。

 ―――まったく、狡ィね。

 土方の口からまだ長い二本目の煙草を取り上げて口吻ける寸前、銀時は小声で呟いた。






降り積もった時間の重みをきみが知らなくても。

06.07.06




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