銀時×土方/No.11
01:愛してるから、やらせろよ 性欲処理だけが目的なら付き合ってやる気はない、と云う。 ―――好き合ってなきゃ、ヤれねぇって? 天下の副長サマが随分とウブなこって。 思わず洩れそうになる嘲りを、銀時は喉で堪えた。 だってそんな、何処の子どもだよと思う。少なくともこれまで爛れた関係しか結んでこれなかった自分には縁遠い感情だ。 欲情した。それ以外にどんな理由でセックスをしろと云うのか。 感情が付随したところで、そんな眼に見えないものが相手に伝わるわけがない。躰を繋げて、キモチヨクなって、精を吐き出すのだから結局は性欲と変わらない。 壊れ物に触れるように。やさしくするように。大切に慈しむように。 そんな風に見詰めて。手を伸ばして。くちびるを落として。腕に閉じ込めることもできる。 まるでそこに感情があるかのように偽るなど、容易いことだ。 本当に、心をも求めているかのように、踵を返した土方を背中から抱き締めて低く囁く。 「愛してるよ」 その一言に眼と瞳孔を真ん丸に見開いて、土方が至近距離にいる銀時のほうを振り向こうとした。 けれどそれを許さず、抱く腕の熱っぽさを強める。 まさかこんな科白を吐くとは思ってなかった? だからさっきの言葉で、躱せると思った? 甘かったね。俺は云えるよ。性欲処理だけが厭だってんなら、愛の言葉を捧げてあげる。 こんな陳腐な言葉でいいなら、幾らでも。 耳朶の裏に舌を這わせて、鼓膜に甘く痺れる毒を流し込む。 「愛してるから、やらせろよ」 こんな言葉では足りない執着の表し方なんて、きっとこの世には存在しない。 だから、いつも、唯、発情している、だけ。 |
02:お前なんか犬の代わりだ 獣姦のシュミなんて更々ないのだけれど、こうして四つん這いにさせてその上から覆い被さって腰を揺すっていると思わずにはいられない。 「犬みてェ」 「ぅ、ア……、ナ、ニが―――ッ」 奥に埋めた熱はそのままになだらかな背筋に口吻けを落としていた銀時の呟きに、土方が肩越しに視線を寄越してきた。しかし銀時は疑問に答えず、ぐっと腰を引いた。それだけの刺激でも、犬のように這い蹲った躰は銀時の下で大きく跳ねる。 簡単に火を点けて、快楽に溺れる躰。 けれどこの犬は銀時以外に尻尾を振るのだ。 銀時には決して馴れず、いつでも噛み付きそうな苛烈な眼差ししか、向けてこない。閨の最中に甘える仕草だけを憶えて、それ以外では銀時のほうなど見向きもしないのだ。 だから今、こうして、服従させているのは銀時なのに胸の内に黒く巣食う征服欲が充たされることはない。土方の心が銀時に屈していないことはその眸を見れば明白なのだった。 「涎垂らして、ケツ揺らして、けど歯向かってくるなんざ、犬以下だな」 「やっ……! ぁ、っは、ン、ぁああッ」 前に回した指で透明な液体を滴らせる先端を弄くり、根元まで扱く。同時に内壁を擦り上げて快楽の一点を穿ってやる。すると押し殺しきれずに上がる鳴き声は悪くないが、もっと、と貪欲に心が疼いた。 もっと、自分の存在がこの男に刻み込まれていることを確かめたい。疵付けたい。 「せめて従順な、犬になってくんね?」 愚弄すると、殺気の篭った視線が薄笑いを浮かべる銀時を射抜く。 食い縛った歯の隙間から荒く洩れる息が本当の獣のようで、だからその口がゆっくりと開かれたときには噛み付かれるんじゃないかと少しだけ危惧した。 薄く色づいたくちびるから酷く掠れた声で、けれど強さは失われないままの響きで、土方は唸る。 「テ、メェのほうが、ッ……サカリのついた犬みてェな、クセに、」 「―――ふぅん。云ってくれんね」 土方の抵抗に興を殺がれた風でもなく、銀時は眦と口許の笑みを深めた。 どちらも犬ならば、お似合いだろう。 けれどその中でも、上下関係は思い知らせてやらねばなるまい。 「じゃあ犬は犬らしく、ヤらせてもらうわ」 冷ややかな声で宣言して、銀時は艶やかな黒髪の隙間から覗く白い項に喰らい付いた。 |
03:好き。……やっぱりウソ。 目覚める瞬間の後悔を、もう何度味わっただろうか。 ―――頭イテェ。 ぐわんぐわんと頭の中で鐘を転がされているような痛みは二日酔い特有のそれで、土方はうんざりしながら躰を起こした。乱れきった布団を指先で擦る。最後の絶頂と同時に意識を落とした為に、自らで扱いた精の残骸が手のひらに不快な感触を残していた。 既に見慣れた部屋は、万事屋の寝室だ。布団の隣で眠りこけている銀髪の男を見下ろして、勝手に風呂を借りてもいいものか思案した。すぐにでも熱い湯を浴びて、さっぱりしたい。 昨日はしこたま呑んで酷く酔っていた。それは相手も同じで、珍しく機嫌良さげに絡んできたのだ。そうして今のイカレタ関係になるより以前に時折あったような気軽さで軽口を叩き合った。 しかし帰り際に雰囲気は一変する。 肌を刺すような空気に、土方はやはり、と思った。そして逃げられないことも覚る。 いつも離れようとする刹那に囁かれる愛の空ろさに、気付かないわけがない。 けれど、それでも拘束してくる腕を振り払えなかった。 縋っているわけじゃない。ましてやそんな仮初の言葉が欲しくて、性欲処理だけが目的なら付き合う気はないと云ったわけではなかった。自分には似合わぬ言葉を吐けば、諦めると思ったのだ。しかしその思惑は外れる。 ―――愛してるから、やらせろよ。 聞いたこともない甘ったるい声で、銀時は躊躇いもなく酷い科白を吐いた。 尤も、その酷薄な言葉に応えたのは紛れもなく土方の意思だったのだから、今更どう云ったところで云い訳に過ぎないのだけれども。 その結果、最早原形を思い出せぬほど、唯徒に歪みは広がるだけだった。 最初の想いを、何処で見失ってしまったのだろうか。 「好きだ」 小さな声を落として、布団に突いた手に体重を乗せる。 ぐっと躰を屈めて、瞼を閉ざしたまま反応のない男へ顔を近寄せていった。 吐息の触れそうな近さにある顔を、瞬きもせずつぶさに見詰める。 「…………やっぱ、嘘。狸寝入りこいてんじゃねェ、この腐れ銀髪」 低く恫喝するような声で土方が云うと、夢現を彷徨っていたとは到底思えぬ明瞭さで銀時は瞼を開いた。 視線が交わると、その銀髪の男はニタリと眼を細める。 「惜しい。もーちょっとでちゅーされそうだったのに」 「されたかったわけでもねェクセに云ってんじゃねーよ」 渇いてひび割れた声で冷たく云い返して、銀時の上から躰を退かせた。 この男とのセックスは、いつも背後からだ。顔を合わせぬままに獣の姿勢で交わる。布団の上でも屋外でもそれは大して変わらない。 だから吐き出す快感を追う為だけのその行為に、口吻けは不要だった。 あたたかなくちびるとあつい舌の感触を躰は知っているのに、口だけが知らない。けれどはしたなくキスを強請る真似などできよう筈もないのだ。これが躰だけの関係である限り。 際限なく脳裏を巡る莫迦らしい考えを土方は頭を振って追い払い、感情の篭らぬ眼で銀時を見下ろした。 「風呂、借りるぞ」 「あ、ちょい待って」 「何だ」 「いや何となくノリ気になっちまったんだよね。だからもっかいやらせろよ」 そんなことを云う銀時の、銀糸の下から覗く眸の奥に灯った情欲から眼が逸らせなかった。 手首に絡みつく指を払えない。 間違っていると分かっているのに、この歪みを正せぬ自分がいる。 |
04:殺し文句で殺していいよ 愛してると云えば背中から抱き締めた躰の抵抗が薄れる。 声音に、まるで感情があるかのような色を織り交ぜることは簡単だ。なのにその響きに土方はいつも搦め捕られて、逃げ出せなくなるのである。 いつ死ぬかもしれない身であるから、と突っ撥ねることもできないことを土方は知っている。銀時が共に倖せになりたいと願っているわけではないことを、知っているから。 銀時が言葉に込めた感情の偽りに薄々気付いているのに、拒絶できないことの矛盾に気付いているのだろうか。そこからギシギシと、軋む音が世界の終わりのように鳴り響いていることに。 「殺し文句?」 「そ。浮名を流した副長サンになら、何か一個くれェあるんじゃねェの? 聞かせてよ」 「……てめぇには勿体ねぇよ」 躰の奥と、腹や胸に飛び散る白濁とした残滓に顔を顰め、ベッドから足を下ろした土方は掠れた声で吐き棄てた。 まだベッドに寝そべっている銀時を転がすように下のシーツを引き剥がして、汚れていない面で躰を覆う。シャワーを浴びに行くつもりらしいと気付いて、頬杖を突いた銀時は勿体ないなと少し思った。 回数を重ねる毎に、本人からは見えない位置に増えていく内出血の痕が隠されてしまう。 「いいじゃん、教えろよ。あやかりたいなァって思ってんのに」 「莫迦にしてんのか」 「アレ、バレた?」 構わないじゃないか、別に。本命の人間に伝える言葉を云えと云っているわけじゃないのだから。 真剣みなどどこにもない、意地の悪さと揶揄の色をかんばせに乗せる銀時に、土方は一層表情を険しくした。 シーツがひら、と翻るのが視界の端に映って銀時が視線を上げると、背筋の震えるような激情を湛えた眸とかち合う。噛み締められていたくちびるがゆっくりと開かれた。 「殺してやりてェ」 その一言に、射抜かれる。高揚感に脈動が騒いだ。 彼は愛には臆病になるから、向けられるのが殺意でも一向に構わないと思う。 近藤や沖田や他の者に与え尽くして、滓しか残っていないものを求めようなんて更々思わないのだ。 ギシギシと世界の軋む音は、ここでも鳴っている。 それを無視し、銀時は片眼を眇めて口許に皮肉げな笑みを刷いた。 「イイね、最高」 愛よりももっと強烈な、これ以上ないほどの感情を欲している。 それほどの深みに、嵌まっている。 |
05:きみがいなけりゃ生きていけない 町で見かけたところを家に連れ込んで剥ぎ取った白いシャツの下は、痛々しいほど白い包帯に覆われていた。 くら、と視界が眩んで一瞬何も見えなくなるような衝撃を銀時は感じる。上擦りそうになる声を宥め、常の平坦な調子で同じ目線の高さにある土方を見詰めた。 「コレ、どしたの?」 「……ちょっと、しくじっただけだ」 「ちょっと? コレで? 結構重傷そうに見えんだけど?」 「ッ―――!」 包帯が巻かれている脇腹を掴むと、土方が痛みに呻く。腰骨を折るような強さで掴む手を引き剥がそうと縋ってきた土方の手に逆らわず、銀時は疵から手を離した。 こんな疵を負って、なのにどうして平然とひとりで市中見廻りをしているのかと思う。こんな処を多人数に襲われたら、幾ら腕が立つといっても敵わないであろうに。 「あんま、無理してんなよ」 怒りとも苛立ちともつかない感情が腹の底で煮立っていた。それに突き動かされるままに、口を開く。 土方がいつも、死に近い場所で生きていることなど知っている。理解している。けれど、自らリスクを増やすこの男の心理だけは理解できよう筈がない。 後に残される者の気持ちが、分からないのか。 そう叫びたいのを堪え、銀時は土方を閉じ込めて壁に突いた拳を握り締めた。 「お前がいなけりゃ、俺は生きていけねェんだぜ?」 自分の中でそれだけの存在になっているのだと、今思い知る。 胸の底に深く根付いている執着の表し方がずっと分からなかった。分からなくて、内で燻っているだけだった。けれど、この言葉がそれにいちばん近いように、思える。 しかし今までそんな執着を見せられたことのなかった土方は、その言葉を悪ふざけと受け取って顔を顰めた。 「嘘吐け」 「ホントだよ」 不信に思っていることがありありと分かる声音で呟かれた言葉に間断なく返す。 かつて、ヒトリで生きていた時期もあった。そして今、大切なのはお前だけじゃない。 けれどこれとそれとは全く別だ。 この男がいなくなっても、確実に自分は壊れる。 そんな最悪の将来が脳裏を過ぎって、銀時は苦く口端だけで笑んだ。その表情に、土方が眼を瞠る。 「万事、屋……?」 一時の戯れではなく、いつもと様子が違うのだということに漸く気付いて土方は途惑ったように銀時を呼んだ。 そうして伸ばされかけた手を銀時は捕まえ、壁に押さえつける。 交錯する視線、そこに宿る強い光に土方がひくりと震えた。見たことのない顔で、銀時は土方の抵抗を封じる。 「勝手にいなくなるなんざ、許さねぇから」 一線を踏み越える言葉を紡いで、くちびるを重ねた。 |
この先に倖せはあるのか。 互いに唯食い潰し合うだけのこの関係の先に、そんなものが。 はじまりを間違えた。最初から過ちだった。 けれど、正しい関係では何もはじまらなかった。 だからどれだけ歪んでいても、幸福なだけの結末には辿り着けなくても、後悔はしないだろう。 倖せにはなれなくても。 それでも、この胸にあるものは愛だと云えるのです。 【極悪口説き文句5題】 躰も心も魂も総てを寄越せ。 配布元:カミヒザイ 〜07.03.27 |