銀時×土方/No.0




 性質は凶暴。
 嗜好はニコチンとマヨネーズ。

 相性は、多分最悪。







   no title -another side-





「お、」
「げっ」

 自販機の前に立ち、今まさに缶コーヒーのボタンを押した男はこちらに向けた顔を至極嫌そうに歪めた。
 それは相手が黒の洋服の上に半端に崩した着流しを纏うという和洋入り交じった珍妙な格好だったから、ということだけが理由ではない。自分が職務をサボって一息入れようとしている現場を目撃されたからでも、ない。
 捩じれた銀髪で常に生気のない双眸を今ばかりは揶揄に細める、坂田銀時という男がどうにもいけ好かないだけだ。初対面には攘夷浪士と共にいて、その次は近藤を卑怯な手段で打ち負かしたと聞いて、いい印象など持てる筈もない。肺の底まで呑み込んだ煙草の苦味が一気に失せてしまった気さえする。
 土方を丁度良い暇潰しを見つけたという愉快げな顔で見る銀時は、いやらしく吊り上げた口の端に咥えた飴の棒を揺らした。

「何してんの」
「……何でもいいだろ。とりあえず消えろ」
「とりあえずホットココアのボタン押したのは良かったわけ?」
「いいんだよ俺はコレが飲みたかったんだか……あ?」

 ココアだと?
 耳慣れない単語が聞こえて、土方は眉根を寄せる。銀時を見ると、手に持った飴をくるくる回しながらニヤニヤと笑っていた。その顔に苛々しつつ自販機の取り出し口に手を突っ込み、祈るような気持ちで取り出した缶は紛れもなくココアで、土方は奥歯を噛み締めて銀時を睨みつける。

「……やる」
「やりぃ! ありがとな土方くん」
「…好きで恵んでやったんじゃねぇ」
「そうだよな。オメーが間抜けだったからだもんな」

 さらっと痛いところを突いてやれば、咄嗟に反論を思い付けなかったらしく土方は切れ長の眦を細く歪めて悔しげに煙草を噛む。僅かな沈黙があって、銀時は土方の反撃を待って口内にある飴の甘味を堪能していた。そうして余裕だと示すことに何故だか妙に優越を感じる辺り自分も大概性格が悪いと思う。といっても今にはじまったことではないが。
 基本的に馬が合わないのだ。しかし、そうなのだとしたらどうして町で見かける度についからかってしまうのか、という疑問が生まれることになるのだが銀時はそのことを極力考えないようにしていた。

「ちょっと、手元が狂っただけだ」

 銀時が考え事をしていると、土方が苦々しい声音で呟き紫煙を吐き出す。その煙草はもう短くて、土方は舌打ちをしてから指で弾くように地面へ落とした。そして常に咥えられているといっても過言ではないそれが硬い革靴の底でじり、と踏み躙られる。踊るように揺れて上る煙が途切れて死に絶えた。
 そちらに一瞬目を遣って、視線を土方の顔に戻す。

 ものの弾みというのは恐ろしいもので。
 その瞬間、訪れた衝動は速過ぎて逆らう間もなかった。


「………ッ、甘ェ! マズッ! あま!!」


 この世の地獄を見たというような顔で、土方は眉間に深い皺を刻み口許を手で覆った。
 そのあからさまな嫌悪の行動に、銀時は棒付き飴を挟んだ手の甲でぐいっとくちびるを拭って眼を眇めた。
 ―――こっちだってムチャクチャ苦かったっての。
 胸中で文句を云って、しかしキスをするなんて暴挙に出たのは自分だと後からふと自覚する。
 更には思いっきりしかめっ面を逸らして嫌がられているのに、かわいいと思ってしまっていることにまで気付いて銀時は頭を抱えたくなった。
 いや、いやいやいやいやコレは気の迷いだって。ちょっと混乱してんだって冷静になれよ俺。
 けれど、考えるほど普段の土方を思い出すほど今ぽっかりと浮かんだ思いを否定できなくなっていく。まるで自分の首を絞めているようだ。いつも見るのが憎たらしい仏頂面かひとを莫迦にした笑みが殆どだったから、新鮮というのだろうか。とにかく、何とも云えないけれど悪くない気分に思えてきて、冗談じゃないと頭を振るが、本当に冗談じゃないのだった。だから尚更タチが悪い。
 銀時を今までにない大混乱が襲っていることにも気付かず、土方は道端に唾を吐き棄てて怒鳴った。

「何すんだテメェ!」
「何、って……キ」
「うおああああ!!! いい! やっぱ云うな! 何も云うんじゃねェ頼むから!!」

 実にあっさり起こった現実を突きつけられそうになって、今度は土方がパニックに陥った。
 顔を背けようとしていることに何で自分から眼を向けようとしてんだよ俺は莫迦か!
 気持ちを落ち着かせようと取り出した煙草に火をつけようとするものの、動揺しているからかライターはカチカチと火花を散らすだけで上手くいかない。そうなると尚のこと慌ててしまう土方の様子に、銀時は却って冷静になった。
 今日はどうやら、状況と運が銀時に味方しているらしい。ツイている、と銀時はひとの悪い笑みを再び口の端に貼り付ける。

「えー、そんなに嫌がること?」
「ったりめェだろーが!! ヤロー同士で…いや、そういう奴らを否定する気はねェが俺は違う! 生まれてこの方そんな気は一遍も起こしたことがねェから!!! …………って、」
「ん? 何?」

 顔を引き攣らせて、土方はじりじりと後退りしていく。
 こんなときばかりは敵前逃亡など気にしていられないようであった。失礼極まりないその態度に銀時は、云いたいことがあるならはっきり云えば?と片目をすいと細める。すると、灰色の深呼吸で躊躇いを吐き出して土方は問うた。

「もしかして、そういうシュミだったのかオメー?」
「違ェって」
「だったら何でだよ!」

 わけ分かんねーよお前!
 充分な間合いをとって土方にそう叫ばれ、はたと口を噤む。
 何で、って。
 口吻けた理由など、ひとつではないのか。
 そのことに今更気付いて銀時は苦笑混じりに笑った。

 全く、どんな茶番だ。
 夜叉が鬼に惚れるなど。






06.04.01




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