居酒屋の店内は、ドンチャン騒ぎという単語がぴったりの光景と化していた。 いや、店中の机を総て中央に固めてその周りに並べた椅子で皆が思い思いに呑んでいるのを見れば、その場にいるのはとうが立った大人ばかりだったが小学校の給食風景と云えなくもない。貸切だったわけでもない、通常営業日だったのだが今は知人も他人もなく呑み騒いでいた。 その理由は数時間前に来店した客が、この店の店員の恋人であったところからはじまる。この恋人が、同性の男とふたりっきりでやって来たものだから店員は嫉妬やら心配やらで仕事が手に付かなくなってしまったのだ。 同性だからどんな心配事が、と思うなかれ。この店員も男であった。だから浮気される可能性――食事はまだ許したとしても、だ――は大いにあるのである。 おまけに手の早い男と、操立てなんて言葉を知らないような恋人。 居酒屋のバイト店員、坂田銀時にとってこれは一大事だった。 気が気でなくてそのふたりがいるテーブルからの注文には必ず飛んでいくし、料理や飲み物も総て自分の手で運び、テーブルに置く手付きには思わず嫉妬と怒りがこもり、他のテーブルへ向かうときでも必ずその横を通らずにはいられない。挙句、ごゆっくり帰れ!と接客トークに本音まで混じった。 そしてその必死な姿が、周囲の店員や客の胸を打ったのである。 今時珍しいほど一途で憐れな青年、坂田銀時(別名:フェアリー)を見守る会が結成された瞬間だった。 彼に対して同情を抱いた全く他人の客同士が彼の勇姿を酒の肴に呑みはじめ、それは瞬く間に店内全体へ広がって給食か会議のように机を寄せ合った今の状況が形成されたのである。 皆が知り合いかのように和気藹々と酒を注ぎ合い、店員さえもその輪に入って団欒を共にする。 当事者のひとりである店員の恋人――土方も当然そこに引き込まれていた。グラスになみなみと注がれたビールを呑んで、ほろ酔い気分で酷く満足そうに。 とっておきの日本酒を開けて馴染みの客と飲んでいた店長が赤ら顔を厨房に向け、上げた手をぶんぶんと振って大声で云った。 「おーい、銀時ィ! 取り皿足んねーぞ持ってこぉい!!」 「洗わなきゃねェんだよちょっと待て! つか何で俺だけ働いてんだよおかしいだろコレェェェェ!!!!」 厨房でひとり、調理から皿洗いまでやらされる羽目に陥っている銀時はあらん限りの声で怒鳴り返す。 先生が他の奴にふらふら付いて行ったりしないように酒を呑ませなかったのに、これでは意味がない。しかし止められなかった。というか下手すれば高杉とふたりきりで食事をさせているより悪い状況な気がしなくもない、と銀時は思う。 客どころか店員や店長まで呑めや歌えの大宴会だというのに、どうして自分だけこうしてしゃかりきになって働いていなければならないのか。これでは先生を見張っておくこともできない。 ツマミになるものを作りながら大急ぎで洗った皿を拭いて厨房からホールに向かう。 そうしてホールに顔を覗かせた瞬間、愛する先生の肩を隣の酔った客が陽気に笑って叩こうとしているのが見えた。 「取り皿でございます受け取れコノヤロォォォ!」 手にしていた小皿を、銀時はフリスビーの要領で投げる。それは見事その客にヒットし、床に落ちて割れた。 「俺の恋人に触るなゴラァアアアア!!」 椅子から転げ落ちた酔っ払いに向かってそう叫ぶと、周囲から拍手が巻き起こる。そうすると何だかよく分からないが誇らしい気分になる銀時だった。恋人である土方の視線だけが、限りなく冷たくて少しへこたれそうではあったが。 そんなこんなで、夜は更けていった。 『フェアリー募金 〜報われない銀時くんに愛の手を〜』 数日後、銀時は店のレジの横にそんな文字の記された募金箱を見つけた。 募金箱と云っても、よくある市販の五百円玉貯金箱に手書きの紙を貼り付けただけという手作り感満載のお粗末な代物である。 「……店長、コレ何スか」 「ああ、そいつか。いやこないだの様子見てたらコイツァ結構イケるんじゃないかと思ってなァ」 「で、コレって俺に寄付されんですか?」 「……いや?」 「………………」 利用されている、と銀時は社会の汚さを学んだのだった。 07.02.10 |