――― SIDE : Gintoki



 銀時は常々思っていた。
 黒くて艶やかでさらさらの髪。涼しげな切れ長の眼。すっと通った鼻梁に、形の良いくちびる。それらが絶妙のバランスで配置されている白いかんばせ。細くしなやかな腰は長い脚と相成ってスタイルの良さを際立たせる。
 どこをとってもこの世のものとは思えぬほど、きれいなひとだった。
 だから、銀時は信じて疑わなかった。

 先生は神さまが創った芸術品なのだと。

 地上に、いや自分の元に舞い降りてきた天使なのだ。銀時にとって先生は。
 本当は空の上で神さまに愛されるた為に生まれてきた存在だったのに、たったひとつ欠点があったがゆえに先生は地上に落とされてしまったのだ。神さまは完璧なものしか愛せない。だから、俺たちは出逢うことができたのだと思う。
 その欠点がなければ、逢うことができなかったのだと思うと、それさえも愛せる気がした。

 キッチンでふたり分の夕食を作った先生が、銀時の前に丼を置く。
 その中では白米の上に黄色い物体が、ほぼ1:1の割合で乗せられていた。

 ―――先生の欠点、それは。

「……俺、先生がマヨラーで良かった」
「は?」

 ―――ありえないほどのマヨネーズ中毒。

「マヨネーズがなかったら、俺先生と逢えなかったんだもんな」

 白飯の上に乗せられたマヨネーズをそっと箸で退かしながら、銀時はしみじみと呟いた。








――― SIDE : Hijikata



「マヨネーズがなかったら、俺先生と逢えなかったんだもんな」

 酷く真剣そうな顔で云われ、土方は首を傾げた。
 銀時との出逢いに、マヨネーズが何か関係していただろうかと思う。
 確か、入学式だ。銀時とはじめて顔を合わせたのは。
 ―――そこで何かあったか?
 当時の記憶を土方は必死に思い出そうと寄せた眉間に手を押し当てる。


 …………


 職員室でのんびりコーヒーを啜っていたら危うく入学式に遅れそうになってしまい、土方は廊下を小走りに駆けていた。

「わっ…!?」
「イタ……!」

 この角を曲がれば後はもう直進で体育館というところで、しかし何かとぶつかってしまい土方は立ち止まることを余儀なくされる。反射的に閉じた瞼を押し上げて、土方は思わず眼を瞬かせた。
 銀色、だ。
 見事な銀糸の髪をした少年が、土方とぶつかった個所を押さえて片足を一歩引いている。真新しい制服と胸ポケットに付けられた造花の飾りを見ると、どうやら新入生らしいことが分かった。入学式からこんな色の毛をしているということは、地毛なのだろうかと何とはなしに考える。

「あ」

 土方とぶつかった相手が、足元を見て短く声を発した。変声期は過ぎているのだろうと思うが、まだどこか子どもっぽい高さを残している声だ。
 その声につられて土方が足元に眼を遣るより早く、その少年はしゃがみ込むと何かを拾い上げた。

「落としましたよ」

 そう云って、差し出されたのは携帯用のマヨネーズ。
 思わず背広の内ポケットを外から叩いた土方は、そこが空になっていることに気付いて微かに頬を赤らめる。

「悪ィ……すまねぇな」
「いーえー。あ、もう入学式始まんじゃん、やっべ…!」

 土方が名前を訊こうと口を開きかけたとき、少年は腕時計を見て驚いた顔をした。そして引き止める間もなく、パタパタと上履きのスリッパの音を響かせて体育館のほうに去っていってしまう。
 その背中を脳裏に焼き付けるように、土方はそちらを見詰め続けていた。


 …………


 ―――違う! これは違う!!!!!! こんな出逢い方してたら幾らなんでも忘れるわけねぇだろ!!!
 至って普通に、特別なことなど何もない出逢いだった筈だ。
 だったら、何故、マヨネーズ?

「…………?」

 考えても考えても答えは出なかったので、まぁいいか、とあっさり諦めて土方は土方スペシャルに手を付けた。





07.02.11




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