出会った頃からそう体格は変わっていない筈であるのに、最近とみに広く見えると感じるようになった後姿を土方はソファに深く腰を下ろして眺めていた。
 スーツを脱ぐと現れるワイシャツに覆われた背中は、すらりとした背筋と肩甲骨の陰影がくっきりと浮き出ている。それほど筋肉質ではないが引き締まった躰付きをしていることが一見して知れた。
 肩から腰まで躰のラインに沿った白い布地と、その下の黒いスラックスという恰好は銀糸の髪をした男に酷くしっくりときている。完全に、着こなしているという風であった。
 とても、まだまだ駆け出しだと云われる年齢の社会人とは思えない。
 最初に見た姿はまだ子どもっぽさの残る学ランであったのに、ひとの成長とはこんなにも早いものかと妙に感慨深くなる。しかしそんな気分は長く持続しなかった。
 ダイニングのテーブルの上に、横倒しで無造作に置かれた大きな紙袋に土方は視線を移す。その中に零れ落ちんばかりに詰められているのは、ひとつひとつ違う包装で飾られた大量の箱だった。リボンから包装紙から箱のサイズから、何から何まで外見はそれぞれに違うのだが、中身が一様に同じであることなど考えるまでもなく分かる。
 チョコレートだ。
 今日、2月14日が何の日であるかを知らない者などこの国ではほぼ皆無であろう。そしてこのイベントは職場の人間関係にまで影響を及ぼす社交辞令的な意味まで孕んでいるから、最初から幾つかは持ち帰ってくることだろうと思っていた。銀時は無類の甘味好きであるから尚更だ。
 しかし、それにしても、会社の重役というわけでも全くないのに些か多すぎやしないだろうか。土方はそんな疑問を思ったまま口にした。

「えらく大量に貰ってきたもんだな」
「けど、全部ギリだよ」
「謙遜しなくていいぞ」
「本当だって。本命は駄目、って最初に云っといたからね」

 ―――俺には大切なひとがいるから、受け取れないよ、って。
 ともすれば自意識過剰で身の程知らずな科白を、銀時は何の衒いもなく云ってのける。昔の一種暴走のような一途さではなく、落ち着いた誠実さがそこには滲み出ていた。
 土方の気付かぬ間に、銀時はそんな空気を纏うようになった。
 高校生のときなどはあんなに一直線に突っ走るしか能のなかった少年が、真摯で包容力のある男にしか見えなくなって、時折土方の心臓を乱すのだ。尤も、いやいやいやいやンなことはありえねぇって、と土方は頑なに自分自身に対して否定し続けているのだが。
 跳ねた鼓動を覚らせまいとして平静を装う土方の眼を、銀時の淡い色をした双眸が覗き込んでくる。

「なに?」
「何でもねェよ」

 声は、どうにかみっともなく上擦ったりせず押さえ込めた。
 部屋着に着替えて定位置である土方の左隣に腰掛けた銀時から、すいと自然に視線を逸らして、土方は再び紙袋に視線をやる。
 こういった菓子には疎い土方にさえも高級だと分かるものが、幾つも紛れているのが見えた。本命をギリにしてまで、コイツに受け取ってもらいたいと思った人間が果たして何人いたのだろうか、と詮無いことをふと考える。

「てか、アンタも貰ってきてるじゃん」
「お前ほどの量じゃねェがな。全部やるから食え」

 最初からそのつもりで貰ってきたものだと、云わずとも伝わっているだろうと判断して土方はくちびるを閉ざした。
 ソファの背凭れに乗せられた銀時の腕が、少しの性急さをもって土方の躰を緩く抱き寄せる。心の底からこちらを求めているかのような熱っぽさを失わぬその仕草に、胸が充たされた。

「十四郎は、本命のコのも受け取ってあげたの?」
「さぁな。どれがそうかも分かんねェよ」
「もしそんなのがあったら俺、相手に妬きそう」

 冗談とも本気とも付かない、心地よい低さのやさしい声音に土方は少し驚く。
 慌てて顔を上げて銀時を見ようとしたら、眼を閉じさせるように瞼にキスをされた。それを大人しく受け止め、土方は少し呆れたように眦を細める。

「テメェは一遍も渡してきたことねェクセに何云ってんだよ」
「だって、アンタ甘いもんそんなに好きじゃねェだろ? 結局食うの俺じゃん。テメェで買ったチョコ食うほど虚しいことなんざそうそうないっての」

 それまでの大人びた雰囲気を一変させて、拗ねたような顔で銀時が云い返した。
 そういう表情をするときくちびるを尖らせる癖が、彼が高校生だったときと変わっていなくて土方はほんの僅かに表情を綻ばせた。
 月日が流れても変わっていない。
 立場は変わっても、教師と生徒ではなくなっても。
 好きやいとしさで、ずっと繋がっている。





07.02.14




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