成績から判断すれば妥当な線といったところの大学名が記された進路希望調査の紙に一度視線を落としてから、土方は机を二つ挟んで正面に座る生徒を見た。

「進学希望だったのかお前」
「え、何で勝手に就職希望だと思われたの俺?」
「いや、学費もバイトで稼いでるって聞いてたからてっきり卒業したら働くもんだと……」
「確かに最初はそう考えてたんだけど、松平のとっつァんに奨学金制度もあるからって云われたから」

 だったら、行くなら今がいちばんいいだろうと思って。
 そう云って銀時は照れくさそうに笑った。その顔を見て土方は、何か将来の夢でも持っているのかもしれないとぼんやり考える。銀時がそんな話を土方にしたことはなかったが、この高校の教頭で身寄りのない銀時の後見人である松平には話したのかもしれなかった。
 だらしなく背中を丸めて椅子に座っている銀髪天パの少年のほぼ一年後の姿を土方は想像しようとする。しかし、それは成功しなかった。学ランの下にフード付きのパーカーを着込んでいる少年は、土方に云わせれば丸っきり子どもだ。大学生になった姿など思い浮かべることができない。それでも、確実に時は流れるから、いつかはこの子どもが大学生になって大人になる日も訪れるのだろう。―――尤も、ちゃんと大学に合格できればの話ではあるが。
 土方は己の大学時代を思い返し、机をボールペンの頭でコンコンと叩いた。

「大学いったらサークルにでも入って毎日呑み歩くんだろうな。そしたら朝帰りしたり」
「しねぇよ、ンなこと! 俺は先生一筋だから!」
「は?」
「…………………………え?」
「お前、経験は色々しといたほうがいいぜ?」
「いかにも正論っぽく聞こえるけどしねェよ浮気なんか! 俺が愛してんのは先生だけなんだよ!! だから他の奴とヤろうなんて考えもしねェから!」
「…………………………………………え?」
「………………」

 ―――先生、え?って、何。何その間。どういう意味?
 心底意外そうに、長い睫を揺らして何度も眼を瞬かせる土方を銀時は言葉も見付けられないまま見返した。
 もしかしてこの教師は、銀時の愛を見縊っているのだろうか。それとも、本当に気付いていないとでもいうのだろうか。

「俺はっ、一生先生一筋だから!」

 降って湧いた危機感に急かされ、バンと机に手を突いて立ち上がると声を荒げる。
 その言葉を聞いた先生の眼を、生涯忘れることはないだろうと銀時は思った。





 二者面談終了後、銀時は食堂でいちばん人気の中華ソバを前にして項垂れていた。
 ―――何だよあの眼。俺おかしいこと云った? コレっておかしいことか? おかしくねぇよな? あ、高杉てめぇには聞いてねぇから意見するな。おかしくねぇんだよ。なのに何、あの妖精でも見る眼。愛してるひと一筋で何が悪いんだよ。……いいよ、もう妖精でいいよ。フェアリーでいいよ俺。


「フェアリーとでも何とでも呼べよ畜生……!」


 拳で机を叩き、投げ遣りに叫ぶ。
 パキン、と割り箸を割った高杉がカレーうどんをすする寸前で手を止めて、ニタリと笑った。

「いいなソレ。オイフェアリー、そこの七味とってくれよ」



 こうしてフェアリーは誕生した。





07.02.18
後半の銀ちゃんの独白は生みの親てんさんに頂きました。




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