「真正面から当たって砕け散ってこいよ」 「骨は拾ってやろう」 「美しき友情じゃ」 応援なんだか叱咤激励なんだか揶揄なんだか分からない悪友どもの言葉に背中を押され、銀時は教科準備室に足を踏み入れた。奴らが堪えきれない笑いに口許をふにふにさせているのは極力眼に入れないことにする。明らかに、アレは面白がっている顔だ。 入学式で見て、一瞬で恋に落ちた。 けれど相手は同性の男で、教師だったから、すぐには近づけなくて、それでも何かと用事を見つけては押しかけていって、そうして一年が過ぎた。 そして運命は廻る。 二年になったとき、憬れのその先生が担任だと知って銀時は舞い上がった。始業式を行った体育館で担任教諭の発表がされたとき、思わず歓喜の叫びを上げかけたほどだ。 毎日、教室にいるだけで好きなひとの顔を見て声が聞ける。これほどの倖せがあろうかと思った。しかし人間というのはかくも欲深いもので。その想いはじきに押さえ込むことなどできぬほどに膨れ上がった。 毎日厭きもせず腹の立つような桃色の溜息ばかり零す銀時をいい加減見かねて、この日桂・高杉・坂本の三人は銀時に告白するよう嗾けた。曰く、ぶつかってブチ壊れろと。ぶつかるよりもブチ壊れろのほうに力がこもっていた気がするが聞き流しておく。 銀時はドキドキと早鐘を打つ心臓を手で押さえて、何度も深呼吸を繰り返した。緊張に強張る声で、せんせい、と呼ぶと、机上の仕事に向かっていた土方が顔を上げる。背凭れに腕をかけ、振り向いて教え子を見上げる土方にまた跳ねる鼓動で息苦しささえ感じながら銀時はごくりと唾を飲み込んだ。 「坂田? どうした、分かんねェトコでもあんのか」 「いや、今日は大丈夫なんだけど! あのっ、先生…!! あのっ」 たった一言が、遠い。 頭が真白で、言葉を見失う。 あわあわと意味もなく口を開閉させた銀時は、やっとの思いで声を絞り出した。 「好きですっ、付き合ってください!」 「ああ。いいぜ」 死ぬほど緊張していた銀時は、耳を疑った。 至極あっさりと、返された返事に眼を何度も瞬かせる。 オーケーを貰えて、信じられないほど嬉しくて幸福な筈なのに、メーターのふり幅の限界を一気に超えてしまった為に認識が追いつかない。 「え? あの、ちょっと買い物に、とかいう意味じゃないからね先生?」 「そんくれェ分かってらァ。俺とヤりてェんだろ?」 眼鏡にスーツというストイックな外見の土方から放たれるあまりに明け透けな言葉に、銀時の脳はまたバグを起こしそうになった。 ―――え、いや確かにまだ若いから枯れてないし今まで何度もズリネタにしたけど、けどそれだけじゃなくて……え? 緊張よりも喜びよりも途惑いが勝っている。何だかもうワケが分からない。こんなあっさり上手く話が進んでいいものか?と思うが、今の状況が上手く進んでいるということなのかと考えれば疑問も残る。 「あの、先生?」 「あ、お前童貞?」 この問いに、銀時は動揺のあまり思わず速答してしまった。 「はい!」 そうか童貞食うのははじめてだな、なんて土方が考えていることなど露も気付かず、銀時は自らの返答に大後悔の嵐に見舞われて頭を抱える。 だから、部屋の外まで聞こえていたその遣り取りに悪友どもが酸欠になる寸前まで笑い転げていることにも、当然気付けるわけがなかった。 07.02.21 |