中断など許さないと僅かに開いた距離をすぐさま詰められる。
 塞がれたくちびるが、注ぎ込まれる呼気が、熱くてたまらなくなった。






     融点





 純白の波間にぼすりと沈む。
 隊服が皺になる、と思考の片隅で思ったが、土方は何も云わなかった。ここで脱いだ服を畳む時間を寄越せと要求したところで、聞き入れられる余地のないことは明白であったからだ。どうせ破り棄てるように衣服は剥ぎ取られ、その辺に放り出されるのが常である。
 引き抜かれた襟元のスカーフが宙を泳ぐ軌跡を眼で追う。ベストの留め具とシャツの釦を手際良く外され、かなりきつめに掛けた冷房の温度に曝された肌がヒヤリとした。
 面倒なだけじゃないのか、と土方は思ってしまうのだが、銀時は人の服を脱がすのが好きだ。理由は知らない。それほど気も惹かれないし、訊いたことがないから。土方は躰を投げ出すだけで良くて、しかしその間は手持ち無沙汰であった。己の上でちらちらと、薄暗い照明に反射する銀糸の髪に土方は手を伸ばす。緩く指を絡めると、普段は死んだ魚のような眼に一瞬剣呑な光が閃いた。
 ああ、これだ。
 土方は銀時と躰を重ねるようになることで初めて知ったことがあった。そのひとつはこの眼の色だ。通常時は勿論、己の護るものの為に戦っているときでさえ見せない暗く深く熱い色。この男が隠している後ろ暗く不健全なそれを、表層にまで引き出してしまうのは今のところ自分だけらしい。
 殺気よりも濃密で息の詰まるような強さをした眼差しに、ともすれば刀を斬り結ぶより激しい高揚感が躰の奥で滾る。土方は欲望の赴くまま、絞殺するように両手で男の首筋を撫でてから腕を絡めて引き寄せた。歯がぶつからない為の、この男に対する加減と角度など疾うに憶えている。仕掛けたのはこちらだというのに、内側から侵攻でもするつもりなのか挿し込まれてきた舌に土方は歯を立てた。じゃれるようなそれではない。獣が肉を食むように、だ。一噛みして口を開けると男はすぐに顔を離した。噛まれた舌を出して、いてー、と呻いている。
 ゆったりと半ば衣服を剥かれた上体を起こし、土方はせせら笑った。

「油断してっからだ」
「いやちょっとこれはやり過ぎだろ。血、血ィ出てね?」
「これくらいで出るかよ」

 噛み切ったら死ねるという、舌の弾力はしかし中々のもので、しかも銀時のそれは肉厚だから今までに出血などした例がない。
 とんでもないことだが経験に即したことを云ってやったというのに、銀時は信じられぬのかとろんと瞼の落ちそうな疑惑の眼差しを向けてくる。痛くて舌はまだ口内に仕舞えないらしい。

「でもかなりヒリヒリすんだけど」
「へェ……」
「ッ………オメー、は、だから何で、」

 紅い舌を突き出して、銀時の舌を舐める。噛み付かれた衝撃で普段の緩いテンションに戻りかける銀時の言葉を無視してそこから舌を口腔に誘い込み、唾液で消毒の痛みを与えた。じん、と絡めた舌先の痺れるような快楽の火種に眼を瞑って集中する。この熱さが触れた皮膚から男に燃え移ればいい。
 安っぽいラブホのベッドの上に、莫迦みたいに向かい合って座っている。肩を押されてシーツの波に逆戻りするまで後少し。その瞬間も一瞬でさえも触れたものを手放したくなかった。この熱を完全に伝播させるまでは。だから押し倒されるのに抵抗はしなかったが、その代わり首に巻き付けた腕も放してやらなかった。咄嗟に体重を掛けまいとシーツに手を突く男がおかしくて仕方ない。潰されるほど軟でもないというのに。
 声帯の奥で莫迦にしたのを、男はくちびるを触れさせた喉仏の振動で察知したらしかった。場所をずらして薄い肌の上に強く吸い付かれ、ぴく、と土方の爪先が震える。厭な予感を感じた。この男は気紛れにキスマークを通り越して痣になるほどの痕を残す。幾ら服に隠れる個所とはいえ、そんなものは真平御免だと土方は銀時の肩に手を掛けた。しかし、パン、とはたかれたかと思えば手を押さえ付けられる。力の入らない体勢で男の全体重を乗せた手を押し上げることなどできよう筈もなく、土方は不快げに眉根を寄せて天井の照明を背負う男を睨んだ。

「ここにきて抵抗すんの?」

 土方は、低く呟く銀時の双眸から眼を離せなかった。
 "生きた"眼だ。
 いつもの死んだ眼は腹も立つけれど悪くはないが。こっちも、イイ。
 この、戦地に生きるような眼は。

「……うっせ、ッ」

 開いた足の間に割り込んだ銀時の膝が、まだ微かな徴候しか見せていない土方の股間をスラックスの上から、ぐ、と刺激した。思わず押し出されそうになる呻き声を食い縛った歯で殺す。背を浮かせた土方の意識をそちらに収束させて、銀時は目の前に曝されたなだらかな胸に片手を乗せた。豊かな膨らみはないが悪くもない手触りの肌をするりとなぞり、少しだけ感触の違う処にきて止める。指の腹で様子の伺うように弄くると慎ましやかな突起がぷつりと立ち上がり、土方は身をよじった。呼吸が俄かに乱れる。左胸の下でドクンと心臓が跳ねた。
 銀時を見据えると、濁った眼が近付いてくる。焦点も合わないほどの距離で土方は瞼を下ろした。ちゅ、と軽い音を立てて合わさったくちびるはすぐに離れていく。ここにきて酷く子供じみたキスを怪訝に思い、薄く眼を開くと間近で銀時が口の端をいやらしく吊り上げて笑ったのが見えた。

「腹減ってんの?」
「何で」
「だって、」

 凄く餓えた眼ェしてる。

「銀サン食べられちゃいそう」

 真剣な声で揶揄するくちびるが、土方の反論を丸ごと呑み込んだ。
 開け放していた口から今度はすぐさま舌が潜り込んで歯の裏側や上顎を嬲る。行き場をなくした呼気が鼻から抜けて甘やかにくぐもった声となった。口腔を縦横無尽に暴れる舌の動きとは別に、土方の手首を押さえ込んでいた銀時の手がすいと酷くやさしくやわらかな仕草で擽るように手首から肩までを撫でる。そのギャップに対処する術など持ち合わせておらず、土方は眼を見開いて弓なりに背を撓らせた。くちゅ、と真赤に熟れた口の中で融解していく音が響く。腕は自由だ。快楽で互いに熔けていきそうな躰を、繋ぎ止めたいのか増長させたいのか分からなくなって乱暴に腕を銀時の背に回した。
 溢れるほど流れ込んでくる唾液をそれでも余さず飲み込んで、もっと、と舌を絡めてせがむ。切るのを忘れて伸びた爪が、銀時の背を鋭く抉って痕を刻んだ。痛みに銀時が土方の口内で呻く。仄暗い照明に更に鈍く光を弾く銀髪が、ビクと揺れたのを土方はしっかりと見た。そして、内出血より執拗に長引く引っ掻き疵を残せたことに凶暴で挑発的な笑みを赤い眦と口角に浮かべる。
 悪趣味な話だが、この男が痛がるところを見るのが土方は好きなのであった。噛み付いても爪を立てても行為をやめようとする気配もない男から、執着を感じとれるのがたまらないと思う。普段も最中もだらけきった男の行動に性急さが加わるのも良い。

「―――アッ」

 口を開放されて、熱と共に堪え忘れた声が排出される。くらりと眩暈すら感じかける息苦しさに、涙が滲みそうになる眦と頬が紅潮しているのが分かった。
 肩を喘がせて呼吸を宥めていると、同じように荒く息をついている銀時の手が抱え込んだ土方の背筋を首の付け根から意味深に撫で下ろす。腰から臀部の割れ目に指先を滑り込まされ、土方の躰は否応なしに緊張を示した。奥まった交わりの場所を手入れしたばかりの丸い爪がやわくつつく。そしてそこをぐるりと撫で、土方自身から垂れる先走りの水気を借りて慣れたように声も掛けず先端を潜り込ませてきた。土方もそのタイミングを知っていたので、強張りそうになる躰に深く吐息することで可能な限り脱力を促す。それでも比較的細めな指でも痛みがなくなるわけではないけれど。
 挿し込まれた一本目の、骨張った指の形をリアルに感じてしまう瞬間の羞恥だけはいつまで経ってもどうしようもなかった。

「くっ、ぁ……ハァ、っ―――ッテェ…!」
「痛い? でも、もうちっと待って」
「さ、っさとしろ…ッ!」
「分かってる。俺ももう限界だし」

 掠れた酷く色っぽい声音で囁く男を土方は睨み上げた。限界であることなど下腹部に押し付けられた布の下からでも明確な昂りでもう承知済みだ。だから早くしろと云っているというのに、この男はそんなことも分からないというのか。
 優しくされる気など毛頭ない。そんなのでこの男に愛された気になどならない。
 増やされた指が内壁を解していく。包み込むように蠕動するそこから這い登る刺激にじわりと汗が滲んだ。銀時の背を掻き抱く手に力がこもり、きゅっと丸まった爪先が細かく痙攣する。苦悶に近い声が喉の奥から搾り出され、身悶えた。すると空いた手が土方の黒髪を梳いて、意識を逸らすほどの荒々しい口吻けを施される。感じ入って熱っぽい吐息を洩らせば離れていったくちびるが今度は胸の尖りを覆った。ぬめった舌の感触がそこを這いずり、突起を転がすように舐られて声が跳ねる。声音が高さを増し唐突に内部をまさぐっていた指を引き抜かれて、肩が震えた。男がズボンのチャックを寛げる音が聞こえ、躰が憶えている、次の予感に。
 充分に蕩かす余裕もなく貫かれる瞬間にいちばん満足感を憶えるなど間違っているだろうか。
 悲鳴にすらならない衝撃にも、しかし土方は決して銀時から眼を逸らさなかった。瞬きで生理的な涙を流して銀時の表情を、双眸をつぶさに見据える。口元には不遜な笑みを浮かべて。

「ナニ笑ってんの」
「別に」
「かわいくね…ッ」
「ひっ、ァ―――!」

 息を吸って内に含んだ男を締め付けると銀時は言葉を詰まらせた。それから、馴染むまで待つつもりだったのだろう律動を急に開始させる。土方は思惑通りの銀時の行動に薄く笑った。
 欲しい、とその眼で語ればいいのだ。気遣いなどかなぐり棄てろ。愛してるって、愚かなことをその口で云えねーなら態度で示してみろってんだ。魂を揺さぶるほど、奥深くにぶちまけろ。
 そうなるように仕向けさせるべく、土方は体内の圧迫感に苦しい息を吐いて足を絡めた。皺くちゃになったシーツが背中の下で波を打って、土方の背を浮かせる。揺さぶられるリズムに合わせて土方は躰を蠢かせた。すると銀時の口元に意地悪げな色が刷かれる。そこから紡ぎ出されるセリフなど予想の範囲内であった。
 コイツも、俺と同じように相手を疵付けたがっている。

「腰揺れてる」
「そ、うしてっから…なっ!」
「淫乱」
「変態」

 男の俺に欲情してるクセに。
 口端を歪めて罵り返すと、それ以上の言葉はくちびるに塞がれた。濡れた音が体内で幾つも谺して、瞼を下ろすと水に溺れているような気分になる。もがくように抱え上げられた白い足が泳ぎ、落ちた腕もシーツに皺を刻みながらもどかしく滑った。眼球の奥でちかちかと瞬くもの、熱を生む感覚を外に追い払おうとすれども叶わずに喉を曝して仰け反る。ぐ、と熱を押し付けられ、男の張った先端が前立腺に当たるほど結合が深くなった。

「! ………は、っあ…ァ、ア」

 苦痛と快楽が渾然となって奥深くに叩き付けられる。見開いた眼の端からぽろりと雫が落ちて黒く艶やかな頭髪の中に消えた。きゅっと下肢に力がこもると銀時が耐えるように眉根を寄せる。焦点も合わなくなる視界の中でも、この男の鈍い銀色の髪だけは変わらずそこにあった。理由は知れないが、たまらない気持ちになる。
 あられもない場所を男の逸物が行き来していて、そこから伝播する刺激に猥らな声が耐え切れず零れる。クソ、と土方は溢れる嬌声の合間に小さく詰った。どうしようもなく気持ちよくて。じわじわと抑えが利かなくなっていく。
 触られてもいないのに硬くそそり立つ自身からはとろとろと限界の徴候が滴っていた。それは性感帯を突かれる度に勢いを増していく。しかし決定的な刺激が与えられないままでは達することもできなかった。後ろだけで絶頂を迎えられるほどこの躰は開発されていない。勿論、されるつもりもないが。霞が掛かりはじめた思考が纏まりを持たず漫然と飛び散っていく。そうして最後に残されたのは、溜まり溜まった熱を開放したいという酷くシンプルな欲求であった。握り締めていたシーツからふと手が離れる。貪るように躰を揺さ振られながら、弛緩して思うまま動かせぬ指を土方は熱い自身に絡ませた。突き上げに合わせてゆるゆると扱けば電流のような衝撃が脳を痺れさせる。もう少しだ。しかし終着点が見えそうになったところで、気付いた銀時にはしたない手を捕らえられた。
 ゃ、と思わず惜しむような声が漏れて歯を食い縛る土方に銀時がそれは愉快そうに笑う。体内で荒々しく渦巻く快感に悶える土方に、いやらしい笑みを保ったまま銀時は囁いた。

「だーめ。まだ」
「は、なせ…っ、ぁ、」
「あーもー我慢が足りないなァ。よし、仕方ないから銀サンが協力してあげよう」

 自分も我慢できてないような、切羽詰った顔をしているクセに飄々とそんな言葉を吐いたかと思えば手近に落ちていたスカーフで土方の手首を一纏めに括り、自由の利かないそれを片手でシーツに押し付ける。その異様な手際よさに土方は呆気に取られた。捕縛訓練を受けた隊士たちでさえ、手首を解けないように縛るのにはもっと手間取るのではなかろうかという鮮やかさだ。己の頭上に縫い止められた両の腕に掛かる銀時の手の重みに、土方は唾を飲み込んだ。躰を折り曲げられるかなり苦しい体勢を土方に強いて、銀時は顔を寄せてくる。
 抱き付かれるのはいいけど、引っ掻かれるのは痛かったからまぁ丁度いいよね。
 いけしゃあしゃあと、厚顔な面で銀髪の男はそんなことをほざいた。昂ぶってはいるもののまだ臨界点には届いていないらしい態の性器を限界まで含まされて土方は眉を顰めた。きつい。眉間に寄せられた皺を伸ばすように銀時のくちびるがそこに触れた。

「最後まで、一緒」
「ハッ、バカバカし、…ぃ、――ン!」

 とんだ戯言を口にする銀時に、土方は上擦る呼気で嘲笑った。
 だってどれだけドロドロに熔けそうな快楽を分かち合ったとて、このふたつの躰はずっとバラバラだ。そこに一緒の意味などないというのに。
 しかし、そんな土方の内心を見透かして否定するように突然躰を浮かされて、きつくきつく抱き締められた。今までの激しい運動の時より一際速く拍動する心臓の音が、直に伝わりそうなほど密着して苦しい。体温の心地好さを感じる余裕などなかった。痛い。本気で手加減というものを失念しているらしい男の背中に爪を立ててやろうと腕を回そうとするが、手首を戒められていることを思い出して舌打ちした。
 土方を押さえ付けていた手が抱き締めるほうに回されても、これでは何も抵抗できやしない。仕方なしに、妥協策として土方は眼の前の肩に齧り付いた。ビク、と肩が震えたのに愉悦を憶え、口を離して今は僅かに残るだけの刀創に舌を這わせる。いつか、土方がこの男に刻んだそれ。血の味がしないことに酷く落胆した。薄っすらと肌に馴染みかけているこの疵が、消えてしまうのが惜しいと土方はずっと思っている。
 やさしい感情もあたたかな想いもこの男に対しては沸かなかった。いつも疵付けて疵付けて壊してやりたくて、けれどそれが出来ぬからいつまでも充たされぬ欲望だけで。それでも、銀時を好いてはいるのだ。感情の発露が歪んでいるのは分かっている。躰の底に蟠るそれが疼く度に求めるだけのこの行為に、愛などといかにも高尚そうな名など冠せられよう筈もないことも。しかし今更、そんな己を変えられようもなかった。この男に、血腥さはとてもお似合いなのだと知ってしまったから。
 餓えた獣のような息遣いと粘着質な濡れた音で室内は飽和に近かった。ギシギシとベッドのスプリングも悲鳴を上げている。銀時が土方の体内を穿つ動きが激しさを増した。呑み込んだものが痛いほど最奥にある快楽のポイントを突いて擦り上げている。時折強く収縮する内壁に、包まれた凶器から脳天まで突き上げる快感で銀時が掠れた声を洩らした。それが土方の脳髄をジンと痺れさせる。押さえ付けるものはなくなったが拘束されたままの手で、限界を訴えるように銀糸の髪を揉みくちゃに乱した。

「ぁ、あっ、ひ、あ、―――ッ」

 裏筋と先端を狙い澄ました指と、体内の性感帯を刺激する硬い熱に我慢ならず一気に果てる。と同時に躰の奥深くで飛び散るものを感じた。
 真白に弾けた視界が一拍の間をおいて色を取り戻す。はぁ、と酷く満足げに吐息した男が圧し掛かるように土方の上に倒れ込んできた。土方は途端不機嫌に眦をぐっと細める。文句を云う声は殆ど潰れていた。喉が痛い。
 そしてそれよりも。

「重い」
「つかれたー」
「退け」
「このまンま寝たい」
「冗談じゃ、ねェ」

 まぁまぁ、と男が宥めるように背中を叩く。土方は煙草も吸えぬ状態でギリ、と歯軋りした。縛られたままの手首が不便だ、と特に強い怒りは感じずに思う。
 銀時と密着する胸がじんわりと熱かった。
 こんなに熱くてもくっ付いていても、融けて自重でひとつになったりはしないのだ。

 だから一緒であることに意味など、ないのに。