「居酒屋『万事屋銀ちゃん』によーこそー」
「居酒屋か万事屋かハッキリしろや」
「じゃ、居酒屋」
「そっち取んのかよ」
「今晩だけはな。客は限定一名。取って置きの酒出してやるよ」
 ブーツを脱ぎ、遠慮のない足取りで居間に向かう土方に銀時は笑みを含んだ声で云う。そうして居間の電気を付けてやってから台所に踵を返すと、シンクの上にある戸棚の奥に隠した酒を引っ張り出した。万事屋の家事を殆ど取り仕切っている新八にも教えていないし、おそらく気付かれてもいないだろうという秘蔵の代物だ。それをガラスのコップふたつとマヨネーズを絞り出す為の皿と一緒に居間へ持って行く。
 ちびちびと舐めるばかりだったから、一升壜の中にはまだたっぷりと酒が残っていた。銀時は机を挟んで向かいのソファに腰掛け、それをコップに半分ほど注いで土方に渡す。試すように口を付けた土方が、その後ぐっと呷るようにコップを傾けるのを見て、どうやら気に入ったらしいと銀時は判じた。マヨネーズと甘味を除けば、味覚も思いの外似通っているのだと気付いたのは最近のことだ。
 土方をわざわざ家に誘ったものの、話す内容はといえば居酒屋でしていたのと変わらぬ下らないことばかりであった。無茶苦茶な部下の行動に対する愚痴、最恐の隣人伝説、マヨネーズのカロリーオフは味が違うから不満だとか、コーンフレークで水増ししているパフェは邪道だとか、兎に角どうでもいいことばかりが口を衝いて出る。
 喋りながら土方のコップが空になっているのに気付いた銀時は一升壜を引き寄せた。すると、それは随分と軽くなっている。どうやら話が弾んでいる間にふたりして結構飲んでいたらしい。これだけ飲んだのなら今夜のお礼として今度新しいものを土方に買ってきてもらおうと銀時は勝手に企てた。だからもっと、前後不覚になって眠ってしまうまで飲ませてしまえと壜の口を土方のコップに傾ける。
 しかし、銀時が酌をしようとしたら土方は己のコップの口を蓋するように手で覆い、壜の届かない位置まで遠ざけてしまった。
「あれ、もう降参?」
「適量っつーもんがあんだろ」
「そっかそっか。下戸だもんな」
「違ェよ! てかオメーだってさっきからそんなに呑んでねェじゃねーか。俺だけツブそうったってそうはいかねぇからな」
 テメーの腹は読めてんだよ、と警戒心を剥き出しにして土方は低く唸る。机の隅に己のコップを置くと土方は銀時の掴む酒壜を引っ手繰り、銀時のコップに酒を注ごうとした。いつも威張っているこの男がお酌をするなど滅多にないことだったが酔い潰されたくないのは銀時も同じで、土方と同様にコップに手を被せると手許に引き寄せる。アルコールで熱をもった指先に当たる冷たい硝子の無機質な感触が気持ち良かった。
「ツブそうなんざ思ってねぇって。持て成しの気持ちだっての」
「てめェにンなもんがあるとは思えねーんだが? いいからそのコップ寄越せ」
「いやいやお構いなく。客に酌をさせるわけにゃいかねーだろ?」
 一歩も引かず、焦りも見せず銀時は尤もらしいことを云って首を横に振る。
 そうすると土方はこれ以上遣り取りを続けても無駄だと思ったようで渋々引き下がった。チッと、つまらなさそうな顔で舌打ちする。酒が入っている為かいつも以上に眼が据わっていて、とてつもなく凶悪な表情だった。とてもじゃないが市民の安全を護る職に就いている人間だとは思えない。
 土方はテーブルの中央に酒壜を戻すと、隊服の内ポケットを探って煙草とライターを取り出した。いつもと変わらない銘柄だと、土方の手の動きを眼で追いながら銀時はぼんやりと考える。税金ばかりで高価で苦くて煙いだけの嗜好品になど興味のない銀時だが、それだけはすっかり見慣れてしまったソフトパッケージだ。
 土方はそこから抜き取った一本を咥え、火を点けた。濁った灰色がゆらと揺らめき、天井へと線を描いて上る。ソファに深く体重を預け、片腕を背凭れの上に乗せて土方はその軌跡を追うかのように顎を少しだけ上げた。長くしなやかな足を組み、偉そうに踏ん反り返ったその姿勢がこの男には憎らしいほどよく似合う。中指と薬指で煙草を挟んでくちびるから離し、土方は細く紫煙を吐き出した。そうしてまた、ゆったりと口に煙草を運ぶ。
 灰を落とされると困るので、銀時は手を伸ばして事務机の上にある灰皿を掴むと土方の前に置いた。