銀時×土方/No.1




 噛み砕いて、欠けたところからボロボロと崩れるのを愉しむも良し。
 舐め回して、カタチがなくなるまでゆっくりと溶かしてゆくのも良し。

 舌に広がった甘さは、喉の奥では沁みるようなクセになる辛味を齎す。
 まさに一粒で二度おいしい。

 噛んで。舐めて。そして美味い。

 それは何かに似ていると思ったのだが、その肝心の『何か』が思い出せない。

 まあ、思い出せなかったからといって、罰せられるわけでもないのだから無理に思い出そうとする必要はない。

 口の中を転がる駄菓子のラムネを歯で噛み割って、甘さと辛さごと飲み込んだ。







     ラムネと煙草





「よォ、多串くん。奇遇」
「…………」

 折角声を掛けたのに、相手は此方の顔を見もせずに早足で無視していく。そしてあっという間に遠ざかっていった。
 フレンドリーに上げた俺の手は何処へやればいいわけ? これじゃ町中で唯の恥ずかしいヤツじゃねーか。
 片手に持っていたものを懐に仕舞って、小走りに多串くんを追いかける。

「多串くーん。おーい、おーおーぐーしー」
「うるせぇ!! 俺はそんな名前じゃねぇんだよ、話し掛けんな!」

 つったって、本名知らないし。良いんだよ、名前なんて突き詰めりゃ記号なんだから自分のことだって分かればよ。
 そんな話を聞きそうにもない雰囲気で元から悪い目付きを更に凶悪に吊り上げ、観念した多串くんは振り返った。
 いるもんだな、こういう律儀に反応するからかい甲斐の塊ってヤツぁ。とことん弄ってやりたくなるっていうの? そんな感じ。
 きっちりと真選組の隊服を着込み、帯刀している多串くんは真っ正面から俺と向かい合った。常に偉そうな態度なのは、もしかしてそれが素?
 そして何かある筈のものが足りねェ気がするんだけど、それが何か分からない。多串くんの顔を凝視して、不自然の原因を探そうとしたが飽きてすぐやめた。
 憮然とした口調で、多串くんは俺の足元あたりを見ながら言葉を吐き棄てる。

「だいたい、気安く話し掛けてくんじゃねーよ」
「それくらいでカリカリすんなって。お目覚めテレビの今日の星座占いが『取り敢えず只管に知り合いを見たら挨拶するが吉』だったんだよ」
「てめェの運勢なんざ知るか!」

 散切り頭を振り乱さん勢いで多串くんは怒鳴る。相当短気だ。まあ、でなきゃ簡単に斬りかかってきたりしねーか。
 何でもかんでも怒るのは良くないよなぁ。良くないって。それだけで人生の幾らか損してるって、多分だけど。
 気の弱い人間だったら3、4人殺せそうな鋭い眼差しは生憎とこわくない。昔とった何とやらで多少の殺気には慣れっこになってしまった。
 けれど、毛を逆立てた野良猫みたいな多串くんの状態がずっと続くのもつまらない。こうもあからさまに警戒心を剥き出されると、かえって構いたくなるのが人間の性ってもんだ。
 …餌付けとかできねーかな。
 餌付けされる多串くん。壮絶にシュールな光景。怖いもの見たさ全開。
 俺は懐に手を突っ込んだ。確かさっき仕舞ったものが入っている筈だ。

「糖分いる? ラムネならあるけど」
「いらん!」
「あ、苛々には糖分じゃなくてカルシウムか」

 後から思いついて云うと、巫山戯るな、とでも罵りたそうに多串くんは眼を眇めた。
 取り出したラムネの壜に似た、プラスチックの薄くて安っぽいケースを頭上に放り投げて、自分でキャッチする。蓋を外して、みみっちく一粒だけ口に放り込んだ。嗚呼、糖尿生活の切なさ。
 見せつけるようにラムネのケースを振れば、カタカタと中身が鳴った。

「甘くて美味いよって薦めてんのに、ホントにいらねェの?」
「いらねーよ。そんな甘ったるいもんよりこっちのほうがずっと旨い」

 煙草のパッケージから飛び出た一本を銜えて、多串くんはくちびるを弧に歪めた。
 それが足りていなかったのかと、パズルの最後のピースがピタッと嵌まるように合点がいく。隊服から染み付いた煙草の匂いがプンプンするのに吸っていなかったから、何処かヘンだと思ったのだ。
 ガリ、とラムネを噛んで真っ二つに砕く。更に細かく粉砕すると、喉にだけ甘さが伝わった。
 煙草の良さは微塵も分からない。唯、煙が出るだけで苦くて人体に有害で、死に急ぐだけなのではないのか。
 多串くんは剣ダコで硬いだろう指で口から煙草を離し、溜息のように伏し目で紫煙を吐く。
 ゆらゆら昇った煙は空気に拡散されて薄れた。その向こうに薄っすら霞む顔を見ながらもう一粒食べたラムネは、今度はじっくりと舌で舐めて徐々に崩してゆく。
 噛んでも舐めても良しの美味いものに、ちょっと思い当たった。
 ラムネが半分くらいに減ったところで、――ヤル気なさそうでムカツクと専らの評判だという――いつもの調子で喋る。

「多串くんさぁ…」
「あぁ?」
「煙吐くときの顔、エロい」
「死にたいらしいなァ、腐れ銀髪」

 正直な感想を述べただけだというのに、多串くんの手が早くも刀の柄に掛かった。
 すーぐ、抜刀しようとするのは良くない傾向だって。
 平和主義者な俺は多串くんが抜こうとしている刀の柄の頭を手のひらで押さえた。それが癪に障ったのか、多串くんは無理に刀を引き抜こうと力を込めて抵抗をする。けれどピクリともしないあたり、俺のほうが基本的な体力も上らしい。

「町の平和を護る警察が、善良な市民にいきなり獲物抜いちゃ駄目なんじゃねぇですかぁ?」

 耳にくちびるを寄せて囁くと、多串くんの顔が分かりやすく険悪になった。
 あ、瞳孔開いてる。あんまり開いてばっかいると、そのうちそのままポックリ逝っちゃうぜ。

「てめェが善良な市民ってガラか…!?」
「この清んだ眼を見て分かんねぇ?」
「嘘つけ! 思いっきり死んだ魚の目じゃねーか!」
「んじゃ、ちょっくらキラめかせるからよ」
「はァ? 何云っ……!?」

 都合よくあった狭い横道に、有無を云わせず多串くんを連れ込んで行く。柄の頭を押さえている腕で多串くんの腰を抱え上げるようにホールドすると、意外に柳腰であることが分かった。
 人気のない路地裏はすぐに行き止まりで、予想外の出来事にまだ混乱の中にいるらしい――だって10秒と経ってないし――多串くんを閉じ込めるように奥にやる。
 煙草を取り上げ、逃げ道を壁に突いた両手で塞いで、顔を近づけると我に返った多串くんの眼が焦点を結ぶのが見えた。それから、未知の生物に遭遇したみたいに眼を見開く。
 多串くんの観察はすぐに意味を為さなくなった。近過ぎるものはぼやけてしか見えないものだから、眼を瞑ったほうが雰囲気的に得策だ。

「おまっ、何のつもりだ―――っん!」

 抗議の声を上げる隙間を縫って、口吻ける。喋っている途中だったから開いてた口唇から舌を潜り込ませた。
 上顎、歯の裏側、舌の付け根と、口内を蹂躙し尽くすように舌でなぞる。満足するまで舐め回していると、突き放すように肩を掴まれていた手が、息苦しさにか震えているのに気付いた。
 どんな表情をしているのか気になって、多串くんを解放する。多串くんはこれ以上ないほどに眉根を寄せて、酸欠に頬が上気しかけているのに眼だけはやたらと鋭く、けれど濡れた光を放っていた。

「は……ぁ、やめッ」

 急激に気管に流れ込んできた空気に噎せる声は、半ば掠れていた。それをまた途中で遮って、薄いくちびるに噛み付いた。
 擽るように突付いて誘い出した舌をやわらかく食んでやると、鼻にかかるような甘い声が相手から微かに洩れる。と、その瞬間不吉な感触を覚えて飛び退くように顔を離した。

「イッ…てぇ」
「……惜しかったな。後一瞬遅けりゃてめェの舌を噛み切ってやれたのによ」

 ク、と不敵な笑みを刻んで路地の端に唾を吐く男を見詰めながら、じんわり痛い上唇を触ると赤いものが指先に付着した。

「それは痛そうだからヤだ。減るもんじゃねぇし、ほんの出来心だって」
「出来心で人のくちびる奪ってんじゃねェよ!!」
「本気だったらオーケー?」
「どんな手を使ってでもあの世に送ってやる…!」
「我儘だな、多串くんは。じゃ、俺はもう帰るから」

 これ以上やると本気で舌を食い千切られるかもしれない。はじめてのことだし、丁度いい引き際だろうと決めてさっさと背を向けて歩きだす。
 噛んでも舐めても良しの美味いラムネ。それはしつこいキスを連想させる。唯、違ったのは。
 元の道に合流する一歩手前で立ち止まり、振り返る。怪訝な顔をした多串くんにニタリ、とタチの悪い笑みを向けた。

「キスが苦いのは嫌だからさァ、多串くん煙草やめてシガレットチョコにしない?」

 唯、違ったのは、染み付いた煙草の匂いや苦味で全く甘くなかったということ。

「……ッぶった斬る!!!」

 多串くんの怒声をバックに聞きながら、速やかに雑踏に紛れた。





04.07.06




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