銀時×土方/No.2





 此処にいる理由を、もう何十回も考えた。






   ふたりがいる条件





 土方は眉根に深い深い皺を刻んだ。もし沖田がいたら、跡になりやすぜ、と眉間にぎゅーと指を押し付けられでもしただろう。容易に想像できてしまって苛立つので忘れることにする。
 気分を紛らわせる為にコーヒーを啜った。
 それが砂糖も入れてないのに甘く感じられるような気がするのは、確実に周囲の光景が原因だろう。
 広い店内を狭いと思わせるほど、処狭しと並べられたテーブルと椅子。その殆どが女性かカップルで埋まっている。どのテーブルの上にもケーキ・パフェ・あんみつ・桃饅など、多種多様な甘味が例外なく置かれていた。
 確実に甘い匂いが店中に充満していると土方は思う。
 そして確実に、

「多串くん、ホントにコーヒーだけ? パフェとか食わねェ?」

 野郎二人で来るような酔狂な客は自分たちくらいである。
 明らかに女子向けの、パステル調で纏められた内装の甘味処。淡いピンクのソファに腰を下ろした土方は自分が何故こんな処にいるのか、また自問した。
 答えは簡単だ。目の前で特大パフェを貪るように食べている坂田銀時に連れてこられた。
 店内禁煙なので煙草が吸えず、苛々する土方はだらしなく頬杖を突いた。

「何で俺がてめェの施しを受けなくちゃなんねェ」
「違う違う。俺一文無し。だから多串くんが施して」

 溶けたアイスの絡まったコーンフレークを柄の長いスプーンで掬い、がっついた銀時は、平然とそうのたまう。
 土方は表情を更に険しくした。巫山戯るな、と怒鳴りそうになったがグッと我慢する。今もチラチラと奇異の視線を浴びているのにこれ以上注目を集めたくはない。
 銀時と道端で出会ったとき、土方は一人で市中見廻りの途中だった。だから土方は真選組の隊服を着て帯刀していたのだ。それだけである程度身分が特定されてしまうので、今は上着とベストを脱いでスカーフも外している。刀は上着で包むように隠して窓際のほうに置いてあった。
 こんな処に男と二人でいたなんて真選組の誰かにバレたら、どうなるか分かったもんじゃない。直ぐ全員に知れ渡ってしまうだろう。そうなると副長の威厳も何もあったもんじゃない。というかハッキリと恥なので、さっさとこの店から出たかった。
 ぶすっと膨れっ面で土方はミルクも砂糖も入れてないコーヒーを手慰みにスプーンで掻き回す。
 パフェ代くらいでとやかく云うつもりはないが――仮令それが奢る義理もない相手が食べたものだったとしても、だ――、それでも何だか釈然としなかった。
 そもそも、されるがままに連れて来られたわけではない。ある取引の結果の筈なのだけど、この銀髪の男がのらりくらりと人の話の矛先を変えるのが得意なことを考えると、ちゃんと取引が達成されるのか不安だ。
 窓から外の人通りをぼんやり眺めながら、物憂げに溜息を吐く。
 その顔を、パフェを食べる手を止めてまで見ている銀時に気付いて土方は睨め付けた。けれど銀時は更にニヤニヤするだけで、幾ら睨んでも此方の分が悪いと覚る。

「おい、ホントにこの後勝負するんだろうな」
「するする。約束は護るって。パフェと交換条件だからな」

 最初は、これから行く場所に付いて来たら、その後に勝負をするという取り決めだった気がするのだが。いつの間に奢らなければならなくなったのだろう。
 何とも気楽で無責任な調子で肯定する銀時に、思いっきり疑わしげな眼を向けた。
 生クリームにまみれた苺を細長い器からスプーンで拾い上げて、ぱくつく銀時。糖尿になるほどの糖分好きらしいのに、いつもと同じやる気なさげな顔というのはどうなのだろう。もうちょっと嬉しそうにするとかできないのだろうか。…不気味だが。

「だったら、多串くんも煙草吸ってるとき笑顔でいろよ」
「冗談」

 何と無く思ったことが口に出てしまっていたらしく、返ってきた人の神経を逆撫でするとしか思えない言葉に、土方は嫌悪感を露わにして云い返す。
 見ているだけで胸焼けしそうなパフェを着実に平らげていく銀時から眼を逸らし、カップを傾けて薄いコーヒーを飲み干した。
 大切に残してあったらしいウエハースを齧って銀時が云う。

「あ、そうだ。云っとっけど、喧嘩は素手な」
「あぁ!? どういうことだよ、そりゃぁ」
「だって真剣と木刀じゃ勝負になんねーだろ」

 腰に佩いた木刀を眼で示して銀時が何処か面倒そうに答える。そして、ニマリと人を莫迦にするような笑みを浮かべた。

「それに、喧嘩の方法までは決めてなかったぜ」

 詐欺だ。この男は詐欺師になれる。
 此処が店内だろうが関係なく刀を抜いて斬り棄ててやりたい衝動を堪え、土方は両の拳を握った。力が篭もり過ぎて震えるそれを無理に押さえ込む。
 効果がないと分かってるから怒鳴るのは得策ではない、と自分に云い聞かせた。
 煙草が欲しくて奥歯をギリと噛み締め、眼を瞑って視界からムカツク男を遮断して気分を落ち着ける。
 何でも良いから勝負をして、手段を問わずに唯勝ちたいわけではない。
 自分は、自分の剣の腕を試したいのだ。
 今までずっと剣一本で可能性を見出し、道を切り開き、大事なものを護ってきた。その力は強ければ強いほうがいい。護るなら、何にも負けてはならないのだから。
 現状を抜け出し、少しでも高みを目指す。この男はその取っ掛かりに最適だった。
 けれど、素手での殴り合いはいざとなればやらざるを得ないだろうが、わざわざ好き好んでやるつもりはない。
 額に押し当てた手のひらの下でゆっくりと瞼を押し上げ、土方は低く声を発した。

「剣じゃねぇ喧嘩をやる気はねェ」

 それを聞いて銀時はスプーンを銜えたまま、首を傾げた。儲けたと思っているのか、何処か残念がっているのか、どちらとも判断付かない、まるで読めない表情だ。

「じゃあ、どうすんのよ? 唯奢らせちゃうのは俺の気が引けるしなぁ」
「別に――」

 パフェ代くらいどうでもいい、と云おうとした土方を銀時は、良し、と名案を思いついたような声で遮った。

「多串くんの行きたいトコに行くか。何処がいい?」
「何処にも行くか! 俺は暇じゃねぇんだよ。今だって市中見廻り中だったってのに油売っちまったからさっさと戻らなきゃなんねェ」

 云いながら、自然な流れの動作でポケットから煙草を取り出す。だが、机上に灰皿が見当たらないことで店内禁煙だったことを思い出し、渋々仕舞った。
 その間にも銀時は何やら考えているようだった。どうあっても、さっきの提案を取り下げるつもりはないらしい。その強引さは何なんだ。

「あー、そっか。見廻りねぇ。じゃあ外にする? 清く正しく美しい交際の基本としては公園か? 待てよ、その前に交換日記からだな。多串くん、公園行く前に文具屋寄って買う?」
「何だ、その清く正しく美しい交際ってのは?!!」

 さも当然の成り行きのように意味不明なことを並べ連ねる、銀時の澱みないセリフを机を叩いて止め、語気を荒げる。
 すると、銀時はどうとも表現できない微妙な表情を浮かべた。驚きと困惑と愉楽と、何かそんなような色んな感情が混じった顔。

「え、なに。ふしだらなお付き合いのほうが良かったの? ストイックな外見の割にやらしーなぁ、多串くん。俺としては熱烈歓迎だけど多串くんの後の仕事に支障でるよ?」
「はァ? どういう意味だ」
「それはこれからたっぷりと教えてやるよ。んじゃ、ま、イきますか」
「ちょっと待て、てめェ! 今何か微妙にニュアンス違っただろ!!」
「気のせい気のせい。あ、伝票は忘れずにな」

 チョン、と両手を合わせてご馳走さまのポーズをした銀時は土方をはぐらかして、さっさと席を立ち上がる。
 云われたからというわけでは断じて無いが伝票を引っ掴んだ土方は、目尻を吊り上げた怒りの形相で後を追った。

「何で俺が指図されなきゃなんねぇんだよ!」
「とか云いつつ、結局付いてくんじゃん」
「こんなトコに一人でいたくないだけだ!」
「あ、ずっと俺と一緒にいたいって? 可愛いねぇ」
「違うッ!!」

 無駄だと分かりつつも叫んでしまう。
 土方は自分の平静をぐちゃぐちゃに乱す男を憎らしげに睨んだ。

「そんな熱い視線で見詰められると抑えが利かなくなるだろ」

 銀時は小声で囁いて、くちびるを歪ませた。





04.07.11




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