土方愛され?/No.1

※多分土方総受けです。(面子は沖田・銀時・神楽・その他)
ギャグというか、まぁ冗談だからこそ書けたというか。
何か色々許せないお方はこの時点で引き返したほうがイイです。
お読みになる場合はこのまま下へどうぞ。





 煙草を吸っても吸っても一向にこの苛立ちは収まらない。






     下らない戦い





「土方さん、そんなつまんないことしてねーで構ってくだせェや」
「つまんなくても仕事なんだよ。つかテメェもやれや!」

 山積みの書類から摘み上げた一枚を自分の正面に置き、真っ二つに折りそうなほど力を込めてペンを握る土方が声を荒げる。土方に話し掛けてきた沖田が直ぐ傍にいることは気配で分かっていたが、其方を向く気にはなれなかった。

「やっても土方さんの手間が増えるだけですぜ? 書き直す紙も無駄ってもんでさァ。限りある資源を大事にしなきゃ叱られるってもんだィ」
「手間を増やすって自覚があんなら改善に努めやがれ!! 俺に楽させろ!」
「そーだよ、多串くんも休ませてやんなきゃ可哀想だろ? 俺は多串くん布団に運んでイイコトすっから、其処のおめーは仕事に励め」

 そう割り込んできた声の気怠げな独特の調子に、今まで極力気付かないようにしていたもうひとつの気配を否応なく感知させられる。
 本当なら会話もしたくない相手なのだが、聞き棄てならない言葉を棄て置くわけにもいかなくて、また手に不要な力がこもるとペンが微かに軋んだ音を立てた。土方は目尻を吊り上げ、声のほうを横目で睨みつける。

「巫山戯たことほざくな腐れ銀髪! だいたい何で此処にいんだよ!?」
「土方さんが扶養家族になってくれんだったら幾らでも働いてやりますぜ。万年休業中の旦那と違って稼ぎはしっかりしてますからねィ」
「それは勿論多串くんと逢瀬する為に。休業中じゃない、唯仕事が無いだけだ!」
「俺にてめェの籍に入れっつーのか、総悟! 無職が胸を張るな、銀頭! ああもう何処からツっこんでイイのか分かんねェことばっか連発すんな、阿呆ども!!」
「「大丈夫、アンタは突っ込まれる側だから」」

 一字一句の違いもなく、自分の左右に居座っている二人から同時に云い放たれた科白に、土方はこめかみの血管か、堪忍袋の緒か、何処かの神経がブッツリと切れる音を聞いた。

「そんだけ気が合うんだったらてめェらだけで勝手にやってろ俺を巻き込むんじゃねェ!!!」

 ついに耐え切れずペンを刀に持ち替え、鞘から抜き放ちざま水平に一閃させる。
 どちらか一方と云わずいっそ二人とも斬ってやろうと放った刃は、恐ろしい瞬発力で跳んだ総悟の足の下を、上体を仰け反らせてとんでもない柔軟性を見せた銀時の上を虚しく横切るだけだった。土方が更に一撃を重ねるより早く、二人は後退して距離をとる。
 チッ、と土方は舌打ちをしてどちらを先に仕留めるべきか、冗談みたいな避け方をした奴らに眼を走らせる。室内で刀を振るうのには技量だけでなく頭が必要だ。畳や柱や障子を疵付ければその修繕費も莫迦にならない。
 隠す気もない殺気を立ち昇らせる土方を沖田も銀時も暢気な顔で眺め、そして同じ方向に頭を傾ける。

「「嫉妬?」」
「よーしテメェら其処から1ミリたりとも動くな。その修正の施しようもなく間違った頭を洩れなく叩ッ斬ってやる」
「そんなことしなくても私の傘が火を吹くネ」

 新たな、幼く愛らしい声の乱入に、虚を衝かれて三人は然程広くない室内を見回した。しかし其処には先から変わらない面子しか居らず、声の主は見当たらない。
 構えをやめ、ただただ疑問に眉根を寄せた土方は、

「…ぅぐあッ!!?」

 呼吸を妨げられる衝撃に喉を襲われ、ひしゃげた呻き声を上げた。
 イキナリ上から背中に圧し掛かってきた何ものかの重みで後ろに倒れかけるのを、何とか足を踏ん張って転倒は免れる。喉が押さえ付けられて息が苦しいのは、土方の首に巻きついたもの――白くて華奢な腕だ――が、背にある何ものかを支えているせいだった。
 気管を締め付けられる息苦しさに少しクラクラしながら、土方は己の首を掴んで背中にぶら下がっているものを見ようと必死で頭を巡らせる。すると視界の端っこにピンク色の頭が見えて、まだ幾らか苦しい呼吸を溜息にした。

「てめェは何処から現れたんだ」
「驚かせようと思って天井裏通ってきたネ」

 そう云って土方にぶら下がった少女、神楽がピッと天井を指差すので眼を向けると、確かに人ひとり落ちてこれそうな四角い穴がぽっかり開いていた。それが天井板を外されただけで、破壊された結果なのでは無さそうだということに一先ず安堵するも、非常識さに変わりは無いのだとも思う。
 叫び疲れと心労でツキツキと痛む頭に手を添えて、土方はもう怒鳴る気力もない様子で呟く。

「何てトコから来んだよ」

 もうどうでも良くなってきて、また溜息を零してから刀を鞘に納める。
 天井を指差していた手でトレードマークの傘を掴み、銀時と沖田へ威嚇のように先端を向ける神楽に土方はウンザリと声を吐いた。

「降りろ」
「嫌ネ」
「首が絞まってんだよ!」

 語気を荒げると酸欠に陥りそうな感覚が襲ってくる。しかしそんな土方の状態になど気付いていないように神楽がきょとんとしたのが気配で分かった。

「ひぃちゃん、か弱いネ。もっと首鍛えるヨロシ」
「どうやってだ!?」
「待ってくだせェ、ひぃちゃんってのは何ですかィ」

 己の背中にくっ付く神楽を絞殺体勢からおんぶに変えさせた土方は、割って入ってきた沖田を見遣って一度瞬きをした。
 そういえば、あまりにナチュラルに受け入れてしまって疑問に思わなかった。
 肩口に顎を乗せている神楽を横目に見る。少女は衒いもなく答えた。

「前にコイツに名前訊いたらヒジカタだって答えたヨ。だから、ひぃちゃんネ。銀ちゃんと同じ原理アル」

 コイツ、と云いながら頭をペシペシ叩かれて、土方は仏頂面で叩くなと神楽を手を掴む。炙られるようなストレスをジリジリと感じて煙草を吸いたくなったが、少女の顔が直ぐ横にあるとそれも躊躇われる。くっ付いてきてるのは神楽のほうなのに何で自分が遠慮しなければならないのか、また少し苛つく土方はイキナリ胸倉を掴まれて思いっきり顔を不機嫌にしかめた。

「こんなガキにちゃん付けで呼ばれてもいいの多串くん!?」
「少なくとも本名から派生してる分てめぇよりゃマシだな」

 というか、そう云うてめぇもちゃん付けで呼ばれてんだろうが。
 謂われもないことで詰め寄ってくる銀時に冷たく云い返すと、俺のことはどうでもいいの今は多串くんのことだから!などと理屈になってないことをほざく。
 そうかと思えば横合いから伸びてきた手に両頬を掴まれ、ムリヤリ真横を向かされる。グギッと首が不吉な音を立てた。
 その鈍い痛みに眉間の皺を更に深くしつつ、正面に見える手の持ち主、涼しい顔の沖田を恨めしげに睨み付ける。

「そんな軽々しく許しちゃ駄目ですぜ。一個許したら百万個くらい持ってかれまさァ」
「ホゥ、そりゃあ説得力があるな」

 暗にお前が云うなと仄めかしたのだが、気付いているのかいないのか沖田の表情は変わらない。
 ギリギリと顎の骨でも砕こうというのか容赦無く力を込めてくる沖田の手を払い除け、銀時の手の甲を抓って服を離させる。

「痛いですぜ、土方さん」
「痛いよ、多串くん」
「自業自得だ! ったく、どいつもこいつも俺の邪魔ばっかしやがって」

 歯軋りしそうな苛立った声を吐き出し、神楽も何とか床に降ろさせてから煙草を取り出す。火を点けて紫煙を深く肺の底まで吸い込むと、少し落ち着けた。
 これ以上何を云われても何があっても決して反応すまい、と心に決める。土方は沸点を通り越しすぎて悟りの境地でも見えたかのような気持ちだった。
 邪魔者たちがまた何か騒ぎ出す前にと、定時に終わるか際どくなってきた量の書類に再びペンを持って机に向かう。
 お上に提出する始末書の文面をいかに繕うか頭を捻り、くるくるペンを回す土方は、耳に飛び込んでくる雑音を極力意味ある文章に変換しないよう努力していた。
 オブラートに包んで包んで、最早何を包んでいたのか分からなくなるような言葉を羅列するペンの音がやむこと無しに続く。

「だーかーらー、多串くんには俺みたいな余裕ある大人がお似合いなんだよ」
「何云ってだィ。こんくらいのガキの頃から長年連れ添ってきた俺と土方さんの絆に、そんなもんが勝てるとでも思ってるんですかィ」
「二人とも肝心なこと忘れてるネ。男女が寄り添うのがいちばん自然な姿アル。そしたらひぃちゃんも、もう女役やらなくて済むヨ」
「………」

 ピタ、とペンの走る音が止まった。暫し沈黙があり、ハッと気付いたように三人が書き物をしていた土方の背に注目する。背中に表情などある筈も無いのに、土方の心情は手にとるように分かった。
 ―――気持ちが揺らいでる…!
 土方がちょっとした誘惑に負けそうになっているのを勝機と覚った神楽は再び背中から抱きつく。胡坐をかいて座っている土方の首に腕を回して、圧し掛かるように躰を密着させてくるが、その小さな体躯はそれでも軽かった。

「退け、仕事の邪魔だ」
「欲情して仕事にならないアルか?」
「そんな薄っぺらい躰の何処にそんな要素があるってんだよ」

 淡々と言葉を返しながら始末書を机の端に避け、雑務処理を進めていく土方が力尽くで引き剥がそうとしないのをいいことに神楽は更にぎゅっと力を込める。
 その両肩を大きな手が掴んだ。神楽が勝ち誇った笑みで振り返ると、何やら危機感を漂わせた形相の銀時がいる。

「ストーップ。それ以上は駄目だってば!」

 死んだ魚の目は相変わらずのままで、銀時が引き離しにかかるのに神楽は抵抗する。結果、また首を絞められることになった土方の掠れた悲鳴は誰にも気にされなかった。

「嬢さん、性別を持ち出すってのは卑怯ってもんでさァ」
「そんなのやったもん勝ちネ。夜兎の女は恋愛にも強いヨ!」

 瞳孔の開きかけた沖田にも神楽が怯む筈もなく、刀を抜かれても応戦する気で傘を握る。
 土方は、酸欠からブラックアウトしそうになる意識を引き止めようと懸命に戦っていた。喉を圧迫する腕を離させようともがき、何とか振り解くことに成功すると急激に流れ込んできた空気に噎せる。
 咳込んでいる土方を他所に三人の口論はどんどんヒートアップしてゆき、今にも手が出そうな緊迫した雰囲気だった。
 熱くなった頭に酸素が行き渡り、思考を取り戻してくると共に理不尽だという思いが土方の脳内を占めてくる。
 どうしてこんなバカバカしい状況に俺は巻き込まれているんだ。
 コイツらが勝手に騒いでいるだけなのにどうしてとばっちりを食らわなければならない。
 仕事が溜まってるのに、コイツらは仕事もしねぇのに、何で妨害ばかりされなければならない。
 どうしてだ。どうしてだ。―――何もかも、コイツらが元凶なのだ。


「お前ら全員出てけ!!!」


 屯所全体に響き渡るような怒声を上げた土方は、視線で人の十人や二十人殺せそうなほど凶悪な目付きだった。
 流石に口を閉ざして僅かに怯んだ様子の三人を順に睨め付ける。それから神楽を担ぎあげ、沖田を片手で引き摺り、銀時を蹴り出して廊下に追い遣った。

「二度と入ってくんじゃねェぞ」

 凍えそうな低い声音で告げた土方によってピシャンと閉じられる障子。
 それ以降沈黙してしまった室内を見透かそうとするように、三人は障子を見詰めたまま動きを止めていた。

「多串くん、マジギレ?」
「こめかみに血管浮いてましたぜ」
「手加減なく放り出されたネ」

 互いに顔を見ることもなく言葉を重ね、そして同時に溜息を吐いてみたりする。
 ギシ、と板張りの床が軋んで、廊下を歩いてきた誰かが立ち止まったのに気付き眼を其方に向ける。

「こんなトコで何してんですか?」

 お盆に湯呑み二つと茶請けを乗せた山崎が廊下に転がる三人を見下ろして首を傾げた。
 何とも答えようがなく黙していると、一応問うてみたものの特に興味は無かったのか山崎は返答を待たずに土方の仕事部屋の障子を叩く。

「副長、山崎です」
「アン? どうした」
「お茶淹れてきたんで休憩にしませんか? 開けますよ」

 そう一言断ってから障子を引いて中に入っていく。書類が積んである机の端にお盆を乗せ、土方の取り易い位置に湯呑みを置いた。

「気が利くな」
「屯所中に声が聞こえてましたから、喉渇いてるんじゃないかと思って。仕事手伝いましょうか? 俺、もう今日の分は終わらせたんで」
「ああ、悪ィな助かる」
「いえ…あ、障子閉めときますね」

 スタン、と再び障子が閉ざされると中の声はくぐもって聞き取れなくなる。
 廊下にいる者は唯それを見ているしか出来なかった。

「……銀ちゃん、アイツこっち見て笑ってたヨ」
「あー、イイとこ全部持ってかれたってことか」
「山崎、後でシメる」

 沖田の言葉に残りの二人も同意を示して頷いた。





04.09.05




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