銀時×土方/No.4
狭いようで広い街だ。 街中で偶然アイツを見付ける確率など如何ほどのものであるだろう。 瞬きの間かち合った視線。 それだけでもう駄目だった。 unter freiem Himmel 野外で 「オメー、先帰ってろ」 「どうしてアルか?」 「どうしても。俺は足りねーモン思い出したからよ」 「新八が云ってたものはちゃんと全部買ったネ」 「だから、これは俺個人の用事だよ」 ポンポンと神楽を頭を叩き、持っていた米をそこに乗せる。両手にスーパーの袋を提げている神楽はサーカスの曲芸師バリのバランス感覚でその米の袋を安定させて、足を止めない。 寄り道すんなよ、と云うと、これからしようとしてる奴に云われたくないアル、と鋭いところを突かれた。それでもそれ以上詮索しないなんてお前はオトナだねぇなんて、口には出さずに褒めてみる。 ひとたび眼に入ればアイツしか見えなくなる莫迦で駄目な俺とは大違いだ。 雑踏で、10m以上も距離をおいて、目線があったとて向こうもコチラを認識したとは限らない。眼が合ったと思ったのは自分だけかもしれない。けれど自慢じゃないが確信があった。あの男は来る。 路地裏に入るとき、ちらと横目で見遣ると、市中見廻り中らしいアイツは一緒にいた隊士に軽く手を振って別れるところだった。 予想的中。莫迦はお互いサマってことか。救いようがない。 もう一度、角を折れて表通りと平行する細い道に入る。建物の裏手に挟まれたこの道は人が殆ど通らない。カツアゲの現場なら偶に見掛けるが。 ここら一帯は妙に袋小路が多く、狭いしきな臭いし何より酷く入り組んでいるのだ。自分はといえば、依頼の飼い猫・飼い犬・飼いイグアナ・飼いえいりあん探しなどはこういう処を重点的に探し回るから図らずも粗方把握してしまった。そうでなければ家に帰れなくなる。 何が入ってんだか分からないゴミ袋が蓋を半分持ち上げているポリバケツを避け、更に細い道に曲がる。先に見える、元の通りに戻ることができる出口は背の高い看板ですっかり閉ざされていた。 少し上向くと建物の隙間に狭い蒼い空。 ほどなくして、ザリ、と地面を踏み躙る音。 さっきから何もかも、気持ち悪いくらい巧くゆく。 皮肉げな笑みで口唇を歪めて、肩越しに振り返った。 靴裏で火を消した煙草を見棄てた視線が、その笑みを迎え撃つ。 「よぉ」 「あぁ」 「真選組副長サンは最近お忙しいようで」 「そういう万事屋サンはいつも暇そうで」 「………」 「否定しろよ」 「できたらするっての」 少しムッとしたぶっきらぼうな口調で云い返す。 そして足を踏み出して、近付く。 「………」 合わせた視線を自分から逸らすわけにはいかない。 剣呑な目付きで睨まれたならきっちり睨み返す。 一触即発。奇妙に張り詰めた空気。 「………」 先に手を出したのは、どちらか。分からない。 「………ッん……ぅ、」 「……はっ………」 思い切り掴まれた襟を引っ張られてちょっと痛かった。乱暴にスカーフを掴まれた相手もきっと同じことを思っているだろう。けれど、加減ができない。きっと久々だからだ。 くちびるに触れ顔を傾け角度を変え舌を食んで歯列を舐って上顎を撫でて唾液を啜り飲み込むように。総て、呑み込むように。 上がった息で、濡れた音のやむ僅かな隙間で、囁く。 「どんくらい、振りだっけ?」 「さ、ァな。いちいち数えちゃいねーよ」 だって気にしだしたら負けだ。 会わない日数指折り数えることに耐え切れなくなって会いに行く自分って、何か負けた気になる。余裕無い男ってカッコ悪いとか下らないプライドもちょっとあった。それは認めるしかない。 だけど、こんなになるならどれだけ忙しくてもさっさと会っときゃ良かったんだ。 我慢が効かない。離れられない。やりたい。ひとつになりたい。すぐ。すぐに。今すぐに。 舌先が痺れる。 酸欠でクラクラする。 キスだけなのに死にそうに気持ちイイ。 俺のかコイツのか分かんねェ唾液が顎を伝って冷える感覚にゾクリとする。俺の髪をもみくちゃにする熱っぽい手の感触にまで理性を削ぎ落とされる。 熱情の排出口は塞がれて煽られて。熱がこもる。熱が溜まる。 ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。 脳内でちかちかしているのは危険信号なんかじゃないけど、ヤバイ。 腰が重い。土方の後頭部を掴んで掻き抱く手に余裕がなくなってくる。少しだけ眼を開くとタイミングを計ったように薄い瞼が持ち上げられた。 真っ黒い眸。 その奥で揺らめく欲情。 自分もきっと、同じ餓えた眼をしているんだ。互いに欲しくて欲しくてたまらないのだ。呼吸を整える為の吐息が熱い。 「なぁ、どうする?」 「どーしようもねぇだろ」 そうだよなァ。 またくちびるを重ねながら、周囲の状況を確認。 外。路地裏。…汚い。 最後のが問題だ。そこそこ掃除はされているようだが、それでもどう贔屓目に見ても奇麗だとは云えない。 ついでにアスファルト、硬いし。やはり、遠慮したい。 したいのだけど……。 「少し行きゃ俺ン家なんだけどなァー」 「保つか?」 「…無理」 「俺もだよ」 しかしだからといってどうしようか。本当はそんなこと考えてる間ももどかしいのに。 立ったまま背後位でやるというのも手だったが、そうなると何か一方的だし顔が見えないから厭だとか云われそうだ。 銀髪を絡めとっていた土方の指がするりと抜けて、そう幅もない道の端、細かい亀裂が所々に走るビルの壁のほうを指差す。至近距離で紡がれる声は、その空気の振動すらも感じられそうだった。 「お前、そこ座れ」 「え、服汚れるじゃん!」 「だからだよ。敷くのに丁度イイもんもあることだしな」 土方は視線を落とし、遊郭の女が袖を引くように銀時の着物の袖を掴む。伏せた黒い睫毛は密ではないが思いがけず長い。 だが、そんなことは疾うに知っている。 涙が纏わりつくと少し重そうに見えるのだ。その様を間近で何度も見た。何度も。 「………」 あーとか、うーとか、唸りたい気持ちいっぱいで飛び散らかった銀糸の天パを掻き毟る。どうにも巧く踊らされている気がするのは自分の被害妄想だろうかとか何とか、考えるのは今更だ。決断してしまえば行動は決まっている。 ベルトと帯を外し、片袖だけ通していた腕を抜いて着物を肩から羽織った。それを敷き物にし、ドカッと腰を下ろして。 「さァどうぞ、お姫サマ!」 壁に凭れ腕を広げて待ち受けてやる。 俺の厭味に、ふっと土方のくちびるが蠱惑的な弧を描いた。 手加減なしに飛び込んでくる躰と、痛烈な揶揄。 「頑張れよ、下僕」 あ、チクショ。俺のが立場下かよ。 靴の踵が地面とこすれて、ガリ、と不要な音を聴覚に混入させる。 「……ァ、………っは…ん………」 腰を跨いで銀時を受け入れた土方が苦しげに途切れ途切れの息を吐いた。念入りに慣らすより性急に交わるほうを選んだから締め付けがきつくて自分も呻く。自身を包み込む土方の内部は熱くしっとりとしてはいても、潤いは足りていないから摩擦が大きくて動けない。今は擦れたら気持ちイイより痛いだろうと、生理的な涙の膜が薄く張った土方の眼と眼を合わせながら少し逡巡する。 首に回った両腕が狂おしく銀時の淡い銀髪の頭を抱き寄せた。それに逆らわず肩口に鼻をうずめると、纏ったままの隊服の上着からは愛煙家のにおいがする。ヤニくさくて決していいにおいじゃないのに、土方の汗のにおいと混じるとそれは酷く興奮する材料にしかならなかった。 早く、と上から耳殻に噛み付く口が上擦った声を紡ぐ。 早く動きたいのは山々だ。中途半端に昂ぶったモノを締め付けられる今の状態は生殺しに近い。土方も今の苦しみを踏み台にした先にある快楽に早く堕ちていきたいのだろう。どっちもこのままじゃ苦しいだけだ。 挿入の痛みで勢いを失いかけている土方自身に指を這わした。手のひらも使ってゆるゆるとやさしく刺激を与えてやれば芯が通る。先端から溢れたものが絡んで耳にこびり付くような水音がして、荒げた呼吸に押し殺しきれず洩れ出た小さな喘ぎが聞こえた。 できるだけ服装は乱したくなかったのだが、これだけはどうしようもなくて片足だけズボンを脱いだ土方の剥き出しの大腿が震えて。ガリ、とまた靴の踵が地面を引っ掻く。先走りの液が止め処なく垂れて銀時の手を汚していくにつれて内壁の強張りがゆっくりと解れていき、やわく蠕動をはじめる。 「お前、慣れてきたよなァ」 「ぁ…? なに、が」 「男同士のセックス」 「そうさせ、たの…は、てめェだろ」 「けど腰まで振っちゃってさ」 まぁそれは自分が全然動いてないからなのだろうが。 最奥にある眼が眩むような快楽を知っているから、土方の腰はそこへ導こうとやんわり揺れる。そうかと思えば耳元で忙しなく喘いでいた呼吸を一瞬、ふと詰めた。銀時の首に回していた手を肩に添えて密着していた上体を離し、情欲にまみれた眼で睨み付けてくる。睥睨されているのに色っぽいと思うなんて相当まいってる、と表には出さず苦笑しながら銀時は不機嫌な声を聞く。 「だったら、て…めェも……動ッ、けや」 「つってもさァ、やっぱ此処に座ってんのケツ痛いし」 アスファルトはやはり硬かった。痛かった。単に座っているだけなら平気なのだがその上動くとなると少々無理っぽい。突っ込んだほうが尻を痛がるなんて冗談にもならないじゃないか。 銀時の腿の上に乗っているせいでこちらを見下ろすカタチになる土方の眼が、俄かに冷たく眇められた。あ、失望されたかも。 「使えねェヤツ」 「何よっ、アタシの躰だけが目的だったっていうの!?」 女みたいなしなを作った口調で大仰に嘆くと、物凄く渋い顔で気色悪い、と云われた。本気で嫌がっているらしい雰囲気だ。自分でも、今のはナシだな、と思う。低い地声のままでも、無理に捻り出した高音でも、どちらにしても自分も耳を塞ぎたくなる。ダメージがそのまま跳ね返ってくるようじゃ武器にはならない。 悪ふざけから生じた思わぬ精神的ダメージにちょっと打ちのめされていた銀時に、ふと考える素振りをした土方は重ねるだけのキスをして、くちびるの端を意味ありげに吊り上げる。 「まぁ、でも大体はそうだな」 「え、何が?」 「カラダ目当て」 てめぇだってそうだろ? 眦を紅く染めたいやらしい眼で問われて、反論できない。 だってコイツといたところでいつも喋る話題なんてないし。何もないし。偶に、ゴリラと妙のこととかは情報交換してたりするけど、それはどちらかというと自分が要らぬ被害を蒙らないようにするための自衛策の一環であって。 傍にいる。寄り添っている。 それだけで構わないなんて、思うときは本当に稀だ。 話をするには余りにシュミが合わねーし。無口だし。 何より好いてる意識なんてこれっぽっちもないのだ。だったら何で一緒にいるのか。それは俺にもサッパリ分かんねェけど。 何処が好きとか訊かれても――いや訊かれないだろうけど例えばの話で――、答えられる自信ないし。いけ好かない部分なら列挙できそうだが。 だけど、惹かれてはいるんだろうなと思う。 我ながらわけが分からないが、世の中なんてそんな不条理と理不尽に充ちているもんだ。好きか嫌いかとかきっちり二分できるものでもなければ、必ず正しい解が弾き出されるもんでもない。曖昧を好むこの国の素敵な社会的風潮、なんて。普段は微塵もそんなこと思ってないクセにこんなときばかり褒め称えてみる。 取り敢えず今、この瞬間に確かなのは、この悦楽をふたりで倍に感じ合って溺れて何処までも堕ちていきたいと思っているということだけ。 男は誰だって狼なんだよ。獣なんだ。キモチヨクなりたいし、それをコイツと分かち合ったなら相乗効果で最高なんだよ。何よりも饒舌に、熱情だって囁いてくれるし。 どろどろに熔けるほど躰を重ねて、最後にはどうせ全部曖昧になってしまうんだ。理性はかなぐり棄てて、気持ちも感情も心もついでに熔け切って、それで構わないだろう。なァ? 躰ふたつで、総ては事足りる。 「だから、ま、ガンバってクダサイ」 「あぁっ…!―――ふ、ぅ……ン」 先端を爪で抉るように刺激すると食い縛った歯列が開いて、溢れる嬌声を直接に余さず体内に取り込む。舌を絡めて翻弄すると、腰が揺れて翻弄される。 そこには互いを求める原始的で、ある種純粋な欲望しかなかった。交わった二ヶ所から途切れずに淫らな水音がして、発情を煽られる。 心に素手で触れるような興奮があった。言葉と一緒だ。要は使い方次第なのだ。自分を伝え相手の本質に近付こうとする為の。そして言葉なんぞ求めるほど、俺たちは賢くなくて。それよりもずっと単純で真っ直ぐで、分かりやすいものを知っている。 動物みたいに唸り声上げて、交わるだけで過不足など何処にも存在しないのだ。 だって好きじゃねェのよ。何も何処も好ましいトコなんて思い付かないし。けど、コイツ以上の快楽を俺は知らない。―――何でだ? 躰の相性? いや、もっとイイのいるだろ。女で。 気持ちの問題? え、やっぱ好きなの俺? ホントにマジでコイツのことを? ……頭痛い。わけが分からない。 もういい保留だ保留。 セックスの真っ最中に頭なんて使うもんじゃない。その証拠に、気がそぞろなのに気付いた土方が咥え込んだ銀時を思い切り締め上げた。 ビリ、と脳天まで電流が突き抜けるような衝撃につい口を離して抗議の悲鳴を上げる。 「イッ…痛い痛いっつの! 萎える!!」 「ハァン? 余計元気になってるみてェだぜ?」 痛がる銀時をこの上なく気持ち良さそうに見下ろして、土方はせせら笑った。 あぁもう、このコってば何処でこんなこと憶えてきちゃったのか。…って、俺のせいか。 珍しく上機嫌に響く声で土方が問う。 「てめェって、マゾ?」 「あー、そーゆーこと云っちゃう? もう俺容赦しねーよ?」 「上等だ。生ぬるくやってるほうが地獄なんだよ」 それは確かに。 何処までも徹底的に。崩れて熔けて溺れるまで。そこまでいかなきゃ、天国なんて見えやしない。 達する寸前まで張り詰めたままのそれで、腰を沈めて探り当てた自身の前立腺を擦る。その抜き差しの快感に酔い痴れている土方の顔はヤバかった。クる。もうそろそろ天辺だ。 (あー、クソ。やっぱ動きてェ。この後ラブホに連れ込むか…) 硬いアスファルトは、少なくとも天国には程遠い。 04.12.03 |