銀時×長谷川




 だって僕らオトモダチですから。


 ………まだ。







     純情模様





「おじちゃーん。今日は何で浮かれてるアルか?」
「んー? いや、今日は久々に勝っちゃってさー」
「パチンコしか愉しみのないマダオかヨ。金入ったなら酢昆布奢るヨロシ」
「…貶しつつたかるのはやめてくんないかな、お嬢ちゃん」

 夏の強烈な陽射しを日傘で防ぎベンチの隣に腰掛けた少女は、見る価値など無いとでも云うかのように視線を前方へ投げ出したままだ。吐かれた辛辣な言葉に涙を拭いたい気持ちで、長谷川はサングラス越しにその横顔を見下ろした。
 手の中の缶コーヒーに浮かんだ水滴がたらりと垂れていく。今日も暑い。中身がぬるまないうちにと一気に缶を傾けたら、その瞬間を狙い清ましたように傘の少女――神楽が口火を切った。

「ねェ、」
「ん?」
「お前って銀ちゃんと付き合ってるアルか?」

 ぶはぁっ、とそれを聞いて缶コーヒーを噴き出してしまっても、自分に非はない。と思う。何しろそれだけ驚いたのだ。心臓が止まるかと危惧するほどビックリした。
 口許からぼたぼたと黒い液体が零れ、ヤベェ今日ハンカチ持ってねェ、とこの際瑣末なことに思考が逃げようとする。少女の言葉を正しく認識することを理性が拒否していた。コーヒーが気管に詰まって、今度こそ本当にサングラスの下で涙が滲む。

「何てことするか、汚いネ!」
「げほッ、だっ…お嬢ちゃんが急にヘンなこと云っ……」
「違うアルか?」

 くりくりとした大きな蒼い眸が、こんなときばかり真っ直ぐ此方を見据えてきて長谷川はたじろいだ。衣服を探ったら奇跡的に発見されたハンカチ――多分昨日のだ――で口の周りと衿を拭い、慎重に言葉を選ぶ。
 年頃の女の子はデリケートだから…いや、おっさんのほうがずっと繊細で疵付きやすいよ。
 だからそんな突然、精神衛生上宜しくない質問をしないでほしい。頼むからお願いだから。
 上手い言葉が思い浮かばず、結局しどろもどろな物云いになってしまった。

「その、お嬢ちゃんの云う付き合ってるって…」
「銀ちゃんとちゅーしたりする仲ってことネ」
「ないないないない! そんなのないから!」
「顔赤いヨ」
「今日は暑いからね! あ、ああそうだ。確か貰った景品の中に酢昆布があったからあげるよ」

 わざとらしいくらい声を張り上げ、長谷川はベンチの脇に置いてあった袋をがっさがっさと漁る。しかし煙草のカートンやらチョコレートやらが詰まった乱雑の袋の中で小さな酢昆布はなかなか掴めない。
 慌てふためく長谷川を妙に冷めた眼で一瞥した神楽は、ベンチの後ろに人影を見付けて口を丸く開けた。

「あ」
「え?」
「はせがわさーん」

 のしっと肩に掛かった重みと、耳元近い声に長谷川は口から心臓が飛び出そうになった。ベンチからも転げ落ちかけるが、それは背後から首に回された腕で支えられる。着物の片袖にだけ腕を通すなんていう、珍妙な格好をしている知人はひとりしか心当たりがない。

「長谷川さん、金入ったんなら一杯引っ掛けねェ?」

 あ、アンタの奢りでね。
 ついでに、こんな図々しい要求をしてくる知人もひとりしか心当たりがない。
 ズレたサングラスを指で押し上げ、首を目一杯後ろに巡らせた。

「銀サン、お嬢ちゃんもいるってのにそんなこと云っちゃ駄目だろ…」
「ん? おう、神楽」
「オウ、マダオ2号」

 云われてからはじめて銀時は長谷川の顔越しに少女へと眼を向け、軽く手を上げた。その酷く呆気ない挨拶に、少女もまた当然のように素っ気無く手を上げて返す。

「ソレもしかしなくても1号は俺だよね…」
「モチヨ」

 いや、親指を立てて肯定されても虚しいだけなんだけど。おっさん泣いてもいい?
 打ちひしがれて躰が前にのめり掛ける。しかしここでもまた銀時の腕がそれを押し止めた。ぎゅうぎゅうと抱き締める腕と、肩口に鎮座した銀髪の頭に向けて長谷川はげんなり呟いた。

「というか銀サン、暑苦しいから離れてほしいんだけど」
「なーに云ってんの長谷川さん甚平だけじゃねーか。俺なんかなァ黒の半袖の上に着物だぞ! しかも下も黒の皮パンにブーツ履いてムチャクチャ暑ィっつの!! 実はスッゲェ汗だくなんだからなァァァ!!」
「だったら脱げばいいじゃん! 脱げばいいじゃん!!」
「そんな簡単に主人公のアイデンティティ棄てれると思うなァァ!!」
「わ、わわ分かったって! だったらやっぱり離れたほうが良いだろ?!」
「ヤだ。金づ…いやいや長谷川さん離すくれェだったら俺は脱水症状ンなる」
「今金蔓って云おうとしたよね? 確実に云いかけたよね?」
「さーて、行くか。いつもの屋台で良いよな」

 いつもの怠げな顔で空っ惚けた銀時が、回していた腕をするりと解くと今度は長谷川の手を握って強引に引っ張った。最初つんのめった長谷川は荷物がどーとか、こんな真っ昼間から呑むはどーだとか云っているが、それでも然して抗うでもなく後を付いていく。
 その二人の眼中に最早神楽は入っていない。
 これなのにまだ何ともないというのだから呆れる。お前らは餓鬼以下か。
 長谷川が置き去りにしていったパチンコの景品の中から酢昆布を探り出し、封を切った神楽は公園を出て行く男ふたりの背を見送った。ハッと莫迦にするような息を吐いて。

(マダオどもが。どっちでも良いからとっとと告れヨ)







友人Rに誕生日ぷれぜんと。
課題『マダオから告白』…ゴメン無理だった!
05.07.18




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