高杉×土方/3Z/No.1




 黒髪・吊り眼で瞳孔は開き気味。

 つい眼がいっちまうね。







     悪友





「胸はあるほうがイイよなァ」
「まぁそりゃ、無ェよりはな。デカすぎんのも考えもんだけど」
「まァな。手で掴んで少し零れるくれェが俺は良いな」
「…エロ本読みながら実地に即したこと云うなよ」

 日誌に担任へ向けて『授業中に煙草を吸うのはやめてください。教育委員会に訴えますよ。』と一応の諫言を記してみたりしながら、土方はげんなりと呟いた。
 因みにこの諫言は日直で日誌を書く度に繰り返している。だが改善の徴候は一切なし。赤ペンで担任からの返事は決まって『それは先生に死ねと云っているのと同じですよ。もう少しやさしい子になってください。』である。そういうお前は生徒の健全な育成に全くやさしくないと云ってやりたい。
 開け放した窓から弱く吹き込んでくる夏の風が、生ぬるく肌を撫でた。半袖の白い開襟シャツがその風を仄かに孕むが、涼しさは殆ど感じられない。
 いちばん窓際の列で、土方の前の席に勝手に陣取っている高杉が本から顔を上げた。窓枠を背凭れにして、横向きに踏ん反り返って座っている高杉は、その表情も横柄だ。万年ものもらいでも患っているのかいつも付けている眼帯に覆われていないほうの眼を向けて、厭味な笑みを浮かべていた。

「あぁん? …オメーもしかして童貞か?」
「ノーコメント」

 どうしてそういう考えに繋がるのか。土方にはさっぱり理解できなかったがとにかく莫迦正直に取り合ってやるつもりなど更々なくて、日誌に明日の行事――全校生徒で草むしりだ――を書き込みながら冷めた声音で返す。
 高杉は途端に興醒めしたと不満そうに眉をひそめた。

「ちっ、面白くねェ」
「お前の暇潰しの為に生きてんじゃねーからな」

 けれど何となく、つるんではいる。
 近藤や沖田と付き合っているのとは別に、気が付けば横に並んで喋っていたりするのだ。喫煙仲間でもある。電車が途中まで同じだからと一緒に帰るときもあった。といっても、高杉はサボリの常習犯なので終礼までいることは稀だったりするのだが。
 終礼からまだそれほど時間が経っていないので、校内はまだ騒がしい。しかし一言で終礼を終わらせる怠惰な担任と、こういうときだけは妙なやる気を見せて手早く掃除を済ませるクラスメイトのお陰でこの教室にはもう土方と高杉のふたりしか残っていなかった。高杉が今だ帰らないということは、今日は土方と帰るつもりなのだろう。
 土方は非難を込めた鋭い眼差しで高杉を見上げた。

「つーか、オメー堂々とエロ本読むな。持ってくんな」
「あー、コレ? 俺ンじゃねーぜ、銀八の机からパクってきたんだよ」
「はぁ?」

 エロ本を学校に持ち込む教師もどうかと思うがそれを無断拝借してくる高杉にも呆れて、土方は言葉を失った。けれど何を云ったところで無駄であることは分かりきっていたので、苦い表情で日誌にシャーペンを走らせる。
 組んだ足の上にエロ本を乗せた高杉は、観察するような眼でページを繰っていた。それは窓から入り込んでくる夏の暑苦しい陽射しとあまりにそぐわなくて何とも異様だ。高杉はどうもエロ本そのものに関心をおいている様子ではなかった。

「何でまたそんなもん盗ってきたんだよ…」
「ん? ああ、銀八のシュミがどんなのか見てやろうと思ってなァ」
「取り敢えずテメーは悪趣味だな」

 そんなことを探ってやろうと思う時点で。
 溜息混じりに云うと、日誌とシャーペンの間に際どいポーズをとる女が割り込んできた。邪魔だ、という意思を無言に込めてエロ本を乗せてきた高杉を睨むが、しれっと躱される。

「土方の好みはどれだ?」
「云わねェ」

 おちょくられること確実だから。
 ぐいと本を押し退けて土方は日誌の空白をとっとと埋めることにした。高杉がこの遊びに飽きるのを待っていたら、一体いつになることやら分からない。
 取り付く島もないと気付いた高杉がつまらなさそうにする。
 そうやって総てを愉しいか否かで判断するのも大概にしてほしい。また別の面白そうなことを考え出すのも勘弁してくれ。顔見りゃ分かんだよ。思いっきり悪巧みしてますみたいな顔しやがって。厭な予感しかしねェじゃねーか。

「お、そうだ。んじゃ男とは?」
「何が」
「ヤったことあんの?」
「バッ…! 気色悪いこと云うな!!」

 衝撃のあまり、折角書いた日誌の上にデタラメな線を引いてしまう。クソ、書き直しじゃねーか。いやそんなことは今はどうでもいい。というかどうせロクに読みもしない担任に渡すのだから、何ならこのままでも構わない。
 眉尻を吊り上げて怒鳴る土方にも高杉は憎らしいほど涼しい顔だ。それどころか、口の端をニヤリと歪めて身を乗り出してくる。

「試してみるか?」
「あ?―――っ、ン!」

 身構えたときには遅かった。
 後頭部に回された高杉の手が髪を鷲掴みにしてくる。強い力で引き寄せられてバランスを崩し、咄嗟に両手を机に突いて上体を支えた。息が止まる。間近に迫った高杉の挑発的な視線が瞼を下に消えた。くちびるにぶつかる妙なぬくもり。酸素を欲して薄く開いた歯列から入り込んできたのは、ぬめりのある熱い固体だった。
 舌だ、と気付いた瞬間土方は渾身の力で高杉を引き離した。絡んだ唾液が一瞬光を反射してすぐに落ちる。土方はわなわなと肩を震わせた。

「何しやがるテメェェェ!!」
「お前とだったらヤれそうだと思ったから」

 悪びれもせずのたまう高杉に土方はカッと怒りで顔を紅潮させる。瞳孔も開いて、バンと日誌を叩きつけるように閉じると荷物を引っ掴んだ。こんな処にコイツとはもういたくないとばかりにすぐさま席を立つ。

「絶対ェ御免だ! 帰る!!」
「あ、俺も」
「付いてくんな!」
「方向一緒、だろ?」

 事実を述べられ、ぐっと言葉に詰まった土方は悔しげに高杉から顔を背けると、速足に下駄箱へと歩いていった。その後を高杉も当然のように付いて来る。ここで走って引き離したとて、どうせ15分に一本しかない電車に一緒に乗ることになってしまうのだから土方は絶交を諦めるしかなかった。
 それでも抑えようのない怒りで荒くなる土方の足音の後ろから、ペタペタと上履きを引き摺るような足音と笑いを噛み殺した声が響いてくる。

「そんな怒んなよ、冗談だって」
「………タチ悪ィ」

 ちらと肩越しに振り返り、土方は吐き棄てた。



 本当に。
 冗談で野郎にキスできると思うほうがタチが悪いだろうよ。






05.08.13




* Back *






 オマケ。(高杉+銀八)



「銀八ィ、コレ返すぜ」
「は、何? って、ああ! それ昨日没収したヤツじゃねーか!! どっかいったと思ったらテメーが持ってってたのかよ!」

 お陰で昨日は返してもらいに来た生徒に怒られたんだからな、と情けないことを平然と云う担任教師の相変わらず散らかった机に高杉はいかがわしい雑誌を乗せた。

「つーか、エロ本くらい見逃してやれよ大人気ねーな」

 そもそも、何事も面倒くさいの一言で放り出すこのぐうたら教師が見逃さないことのほうがおかしいとさえ高杉は思っている。どういう風の吹き回しだ。取り敢えず昨日世界は滅ばなかったけれど。

「大人には色々と事情があんの」
「へーェ……好みのでも載ってた? それで職権乱用?」
「残念ながら先生はそこまで青くありません」

 裏の読めない言葉しか吐かない教師は、顔色からもその真意を覚らせるようなことはしない。
 高杉はつまらなさげに口角を下げた。しかし、担任が日誌の昨日のページを開いたのを見て眦を笑みに細める。

「土方は15ページのがイイってよ」
「へぇー……って何でお前が知ってんの! ていうか何で土方がこの本見てんの! 何かツッコミ処満載なんですけど!!」
「日誌見てみろよ」
「は? ―――なっ、いつもの言葉の後に『エロ本を学校に持ち込まないでください。』って増えてるじゃねーか! 高杉テメー、土方にこれ以上軽蔑されたらどうしてくれんだ!!」
「もうこれ以上ないくらいに軽蔑されてるから問題ねェだろうよ」

 高杉はせせら笑い、打ちひしがれた教師をひとり残して生物準備室を後にした。