銀時(初期土方仕様)×土方/No.7




 背筋の震える興奮を、与えてくれるのはお前だけだから。






     伝播する熱情





「あ、団子屋」
「寄らねーぞ」
「えー、何で」
「仕事中なんだから当然だろーが!」

 心底不服そうに反論してくる銀髪の男に土方は声を張り上げた。
 そして歩調の緩んだ男を放って行くかのようにスピードを上げる。そうすれば銀糸を縒ったようなねじれた天然パーマの目立つ男――銀時は置いて行かれまいと渋々付いて来るのが土方には分かっていた。
 よく晴れた昼下がりの通りは酷く長閑だ。
 土方は黒尽くめの隊服でこのような道をあまり歩きたくなかった。江戸ではまだ珍しい洋装はほぼ幕僚か幕府の関係者、または天人の証である。その中でも江戸で暮らす人間ならば誰もが一度は眼にしたことのあるであろう土方の格好は、武装警察真選組の隊長格以上が身に纏うものであった。
 後ろ暗いところのある者が見れば物陰に隠れてこっそり逃げていくような抑止力をもつそれは、しかし時として物騒な事態を招くこともある。それが土方は嫌なのだった。
 ―――喧嘩は構わねェが、こんなトコではしたくねーな。

「つーかさぁ、副長なのに見回りとかありえなくね? これって下っ端の仕事じゃね? 俺はオメーと乳繰り合ってるべきなんじゃね?」
「べきじゃねーよ、ふざけんな!」

 ぶつぶつと文句を垂れながらも土方の歩幅に合わせて横に並ぶ男を横目に睨みつける。けれど銀時は柳に風とそれを受け流した。
 土方の服装が尻が隠れる程度の丈のジャケットであるのに対し、この男のそれは膝にかかるほどの長いものである。また、前に留め具のない隊服と違ってきちんと合わせられるようになっていた。
 色が漆黒という以外は違う出で立ちであるが、銀時もまた土方と同じ真選組副長に地位に就く者である。どちらも鬼と恐れられる、真選組の双璧であった。
 団子屋を通過したことで競歩並みだった歩調を見廻りをするときのペースに戻した土方に、銀時は尚も言葉を投げ掛ける。

「じゃあ縁側で団子食って老年夫婦よろしくまったりしてるべきなんじゃね?」
「また団子か!」
「だって小腹が空いたんだって。口が甘味を欲してんだって」
「口からケムリ出してる奴の科白じゃねーな」

 銀時の口許にある煙草を指して、土方は呆れたように眉根を寄せた。
 自分も歩き煙草をしておいて何だが、云っておかねば気が済まない。土方は道の端に灰を落としてこれ見よがしに嘆息のような紫煙を吐いた。

「愛煙家で甘党の何が悪いってんですかコノヤロー」
「あんだけ重いの吸っておきながら糖分マニアなんざ信じらんねェ」
「マヨマニアには云われたくねーよ。まぁ俺に比べりゃ吸ってんのァかわいーもんだけどな」
「肺やられて死ぬのはテメーのが先だってだけのことだろ」
「いやいや俺はオメー残して死ねねぇから。―――っつっても、」

 刃が抜き放たれる瞬間は、土方の反射神経をもってしても見ることは敵わなかった。

 隣を歩いていた銀時が左足を軸に素早く身を翻す。
 隊服の長い裾がふわりと風を孕んで土方の視界を掠めた。
 そうして、カツン、と背後でした軽い音にやっと振り返る。
 刀を振り抜いた姿勢の銀時の足許に、真っ二つに斬られた矢が落ちていた。

「だからってオメーを先に死なすわけもねぇんだけどな」

 そんなことを簡単に云って、刀を仕舞うが銀時の左手はまだ鞘を掴んでいる。
 臨戦態勢のままで銀時も改めて自分が斬り棄てたものを見下ろした。

「オイオイ、今時矢文でラブレターなんざ時代錯誤だっつの」
「……これのどこがラブレターだよ」
「ああ、エロっ子には見えねーか。この憎らしいほど愛してるっつー残留思念が」
「何気持ち悪い想像してんだよテメーは! 好意じゃなくおもっきり殺意じゃねーか!!」
「えー。あ、だったらこれも愉しいお誘いってわけじゃねーのな」

 こんな平和な町にどのツラ下げて来れたのか。思わずそう訊いてみたくなるような面構えをした浪人風の男数人が銀時と土方を取り囲む。
 いつでも鯉口を切れるよう自然と動いていた手に力をこめ、土方は不快そうに眦を細めた。
 これだから、嫌だというのに。
 けれど銀時のタチの悪い冗談に神経を逆撫でされて苛立っている今は、ストレス解消にはもってこいの雑魚の登場だとも云えた。それに、普段はムカついて仕方がないのだがこの男と共に戦うのは嫌いではない。
 どうしようもなく、血が騒ぐから。

「テメーが団子屋のツケ溜め込み過ぎたからじゃねェのか」
「いやアレはお前アレだ。いっつも財布持つの忘れるからってだけで払う気はあるから。親仁もその辺分かってくれてる筈だから。てか、こんな物騒な団子代の取立て聞いたことねぇよ」

 土方の真実を含んだ揶揄に銀時はないないと首を横に振った。
 死んだ魚と同じ眼をしたその顔には、あからさまに面倒くさいと書いてある。ともすれば雑魚の始末を土方に総て任せかねないほど、でかでかと。
 チャキ、と刀の鍔を親指で撥ね上げて土方は左足を半歩引いた。
 ここで銀時を逃がすものかと思う。幾らストレス解消には最適でも、ひとりだけせっせと働くなど真平だった。だから背中合わせになった銀時にご褒美をチラつかせる。

「屯所に帰ると、」
「ん? 何?」
「団子はねェがたねやの饅頭があるぜ、銀時」
「マジで!?」
「だから総悟に食い尽くされたくなかったらとっとと片付けろ」
「縁側で十四郎との茶も付く?」
「ああ、付けてやらァ」
「よっしゃ。んーじゃあ、銀サン頑張っちゃおっかな」

 その瞬間、だらけた空気がガラリと一変した。
 全身総毛立つような凍える気迫を纏い、銀時はぺろりと自身のくちびるを舐める。さながら狩りをはじめる獣のような眼をして。
 その緊迫した雰囲気に土方は口の端を吊り上げた。
 喧嘩は好きだ。誰とするのでも。
 けれどこれだけの高揚感を得られるのは、この男とだけだと思う。


「一分な」


 それは憐れな獲物への余命宣告だった。





06.09.25




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