銀時×土方/No.9




 骨まで愛して。






     爪先から心まで





 ぺたぺたと板の間を踏む素足が酷く冷たそうに見えて土方は眉をひそめた。

「お前、前から気になってたんだけど何でいつも跣なんだよ」
「え? あー、誇りとプライドとじーさんの遺言があっ」
「靴下買う金がねぇんだったら正直に云え」

 銀時の言葉が終わるのも待たず憐れむような声で云う土方に、出涸らしに近い茶を出した銀時はムッと口をへの字に歪める。ガン、と湯呑が机の上で少し乱暴な音を立てた。

「違うっつの。ほらアレだ。俺、結構足が器用だからこっちのが便利なんだよ」
「足に器用も不器用もあるかよ」
「いやいやあるんだってこれが。俺なんてこれでスイッチ押せるし襖開けれっし場合によっちゃドアも開けれんだぜ? あ、後靴下も脱げる」
「履いてねぇだろーが靴下はよぉ!」
「履いてたらの話だよ!」
「年中跣のクセに何云ってやがらァ!」
「跣で何が悪いってんですかァ! 落ちてるモン拾えっし何なら足コキもでき」

 云いざま、後ろに飛びずさる。
 すると一瞬前まで銀時のいた空間を衝撃が裂いた。
 見事な瞬発力でソファから立ち上がった土方の足が銀時の急所を狙って強襲してきたのだ。憎らしいほど長くしなやかな脚が空振りして、土方は隠しもせず舌打ちをする。

「ふざけたこと云ってんじゃねーぞ」
「本気だったらイイの?」

 軽く浮かせた片足の指をわきわきと開いたり閉じたりして見せ、銀糸の天パの男が挑発的に口の端を吊り上げた。足の指にしては長いように思われる銀時のそれが、本当に器用そうに動くのが憎たらしさを助長させる。
 良かねーよ、と鋭く怒鳴った土方はソファの脇に立てかけた刀を掴み、鞘に収めたまま銀時の鳩尾に突きを繰り出した。そして左半身を捻ってそれを躱した銀時の背中に、素早く重心を移動させて膝を打ち込む。

「なっ、!?」
「まだまだ甘いねェ、土方は」

 確実に決まると思えた一撃を、しかし銀時は手のひらで防御してまたニタリといやらしい笑みを浮かべた。神経を逆撫でするその表情に激昂した土方が大きく息を吸い込んだ口を開こうとする前に、銀時は言葉を続ける。

「今日はオメーにも跣の良さを分からせてやるよ」

 そう断言して銀時は土方の片足を捕まえたまま床についているほうに後ろから足払いをかけた。
 土方は為す術なくバランスを崩し、さっき座っていたソファに背中から倒れ込んでしまう。鈍い痛みに顔をしかめる土方を気遣うこともなく銀時は掴んでいた脚に纏われているズボンの裾に手をかけた。真選組の隊服は江戸ではまだ少し珍しい洋装で、簡単に脚が見えないのが何とも焦らされている気持ちになる。じたばたともがく土方の抵抗を押さえ込み黒い布地を少し捲り上げて、同じく黒色をした靴下の端を引っ掴んだ。
 戯れを知らぬ生真面目な制止の声を無視して、裏返すように両足とも一気に脱がせてしまう。丸まった靴下はぽいぽいっと向かいのソファに放り投げた。
 地に接する部分はほんのり紅い足の裏と、陶器のようなすべらかな肌の色をしている足の甲が色気のない蛍光灯の下に晒される。特に手入れされているわけでもない爪のまろみのつるりとした白さが、この足の冷たさを物語っていた。
 喉が渇いたように低く、高揚感を滲ませて銀時は囁く。

「ウチにいる間はお前も跣な」

 足首を支えるように持って爪先を高く掲げると、ソファからずり落ちそうになった土方が咄嗟にソファの合皮に爪を立てて踏ん張った。関節が白くなりそうなその手が、情事の最中耐えているときのものに似ていると銀時は思う。
 今は目線の高さにある足裏の土踏まず辺りをすっと人差し指の腹で撫でると、大袈裟なほど土方の躰が跳ねた。

「おまっ、……な、にしてッ」
「いや、やーらかそうだなァって思って」

 無駄な肉のない均整のとれた男の躰はしなやかではあってもやわらかな部分は少ない。腕も胸も腹も太腿も尻も張りがあって引き締まっているし、それはそれで触り心地が良くて気に入っているのだけれど、こうしたやわい皮膚は如何にも無防備という感じがして心擽られるものがある。
 支えているほうの手でくっきりと浮き出た踝の骨や足首の後ろの筋の感触を確かめつつ、やわらかなそこに幾度も手を這わす。踵の皮膚は硬いので、地面に接することのない辺りを重点的に指先で撫でて味わっていると、足の指が耐え切れないと訴えるようにぎゅっと縮こまった。
 爪先から脚全体に広まった緊張を手で感じ取り、銀時はくっと喉を鳴らして笑う。

「かーわい、感じたの?」
「阿、呆か。くすぐってェだけだよ離せ」
「いやいやそんな照れなくてもいいから、正直に云ってみ? ん?」
「違ェしっ、テメーもやられてみろ! 絶対ェ同じ反応すんぞ!」
「そーかなぁ。まぁ、」

 意地悪げな光が、銀時の双眸を閃いた。それに気付けなかったのは土方の落ち度である。銀時の笑んだ口許から見せ付けるように舌が伸ばされて、そこではじめて土方はこの状況の危うさに気付いた。
 ソファの端を縋るように掴んで、銀時の魔の手からどうにか逃れようとする。けれどそれは無駄な足掻きでしかなかった。
 唾液に濡れたその赤に、ぺろ、と足の裏を舐められて土方は思わずみっともない声を上げた。

「ひっ……!」
「お前がこんなコトシてくれたら、マジに感じそうだけど」
「テ、メェっ、そんな嗜好だったのかよ」
「そういうわけじゃねぇんだけどなァ、オメーにゃ分かんねぇだろーけど」
「ンだとっ」

 銀時の云い草に土方が自由なほうの脚を振り上げる。よりにもよって側頭部を狙ってきたそれを、銀時は間一髪腕で受け止めた。

「あっぶね…! ちょっ、ま、待てって! 莫迦にしてんじゃねぇから!」
「じゃあ何だ!」
「……あー、要はアレだ。俺ァ土方十四郎フェチなんだよ」

 そんな風に遊んだ言葉で、土方は尚更に不可解そうな顔をする。
 本当は脚だけじゃないんだよ、と答えを与えても良かったけれど、彼も同じ気持ちになってくれなければ理解できないだろうからそれでは意味がないと思う。

 総てを知りたい。
 躰の隅々まで全部触って愛撫してキスをしたい。
 それだけ好きってだけのことだということに、早く気付いてほしい。

 肝心なところになかなか気付いてくれないいとしい恋人が少し恨めしくて、銀時は掲げた足の親指に齧り付いた。










07.01.29
タイトルはTさんに頂きました。有り難うございます!
『揺り籠から墓場まで』のリズムで、とのことです(笑)




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