高杉×土方(3Z/生徒高杉)




 瞼の裏に感じていた太陽の光が不意に途切れて、不思議に思い眼を開く。
 寝転んでいる自分の頭上に立って顔を覗き込んでくる逆さの顔はよく見知ったもので、高杉はくちびるの端を引き上げた。






     四時限目 晴天





「知ってるか? 未成年の喫煙は法律で禁じられてんだってよ」
「知ってるっつの、そんなこたァ」

 今更に過ぎることを云われ、吹かしていた煙草を手に持ち替えてげんなりした声音で答える。
 すると高杉が独占していた立入禁止の屋上に現れた新参者―――同じクラスの土方は、悪ガキみたいにイタズラっぽく笑って隣に腰を降ろした。そしてすぐに学ランの内ポケットから、示し合わせたわけでもないのに高杉と同じ銘柄の煙草を取り出して口に挟み、ちゃちな赤色の100円ライターで火をつける。
 肘を突いてのっそりと上体を起こした高杉が、眼帯に覆われていないほうの眼を呆れたように細めて土方を見た。

「とか云ってんのに吸うのかよ優等生サンが」
「バレなきゃいーんだよ」

 簡単にそう云って、旨そうに吐き出された一息が遠く深く真青な冬の空へと霞む。
 高台にある高校の屋上は、長閑な住宅街と田畑に囲まれているから陽光を遮るものが何もなかった。小さな白い雲も疎らで、清冽な太陽の光が冷えた空気を貫いて黒い頭髪と学ランをあたためる。
 冬は寒くて嫌なもの。けれど此処にいるのは不思議なほど心地よくて、多少の寒さも気にならない。波長が合うのか高杉といるのはとても楽で、無理に会話を続けようとしなくても沈黙が苦ではなかった。
 ふたり並んで、ぷかぷかと紫煙をくゆらす。興味薄そうに隻眼を上方に向けた高杉が床で火を揉み消し、新しいのを咥えて吐き出す煙で輪を作った。

「もしバレたらどうすんだ」
「高杉くんに共犯になれって脅されてー」

 云った途端、似合わないにも程がある媚びた声音が返されて高杉は思わず声を上げて笑った。

「うっわ、卑怯モン!」
「ずっけェだろ」
「いつか剥がれろ、その化けの皮」

 してやったりという顔でニッと歯を出して笑んだ土方に、空を仰いで笑ったまま呪詛のように冗談を唱えてやる。
 成績は中の上、授業態度は目立たず真面目そうに。没個性に上手く埋もれて大抵の教師の眼から逃れている。よくある感じに要領良く、子どもの狡さで猫を被っていて。教師に媚びているようには間違っても見えないが、高杉と接しているときとはまるで違う。土方はそのような二面性をもっていた。
 けれど普段なら目に付くそれをいけ好かないとは何故か思わなかった。高杉が教師に従うのが面倒で好きに振舞っているように、土方は教師に逆らって起こる面倒を厭っているだけなのだ。

「剥がれたらオメーの仲間入りだな」
「ああ。歓迎してやるぜ?」
「じゃあ、この時間は歓迎パーティってことで」

 高杉と同じように、風雨に薄汚れた床で火を潰した煙草を隅の排水溝に投げ棄てて土方は云った。そこでタイミングを計ったかのように休み時間の終了を告げるチャイムが鳴り響くが、立ち上がる素振りもなく二本目を取り出すのを見ると、どうやら次の授業はサボるつもりらしい。
 しかし元から次もサボるつもりだった高杉がそれに対して何か言及するわけもなく、とりあえず少し気になったことをぽつりと呟いた。

「次、何だったっけか」
「銀八の生物」
「……お前がいねーと大騒ぎすんじゃねェの、アイツ」
「つっても、こんな天気イイのに教室こもってんの嫌だし。高杉だけ日向ぼっことか狡ィ」
「日向ぼっことか云うな」
「間違ってねェだろ」
「……まァな」

 だからといって、高校生にもなってふらふら陽気に誘われ日向ぼっこというのも格好つかないと思わないでもなかったが、そんなことはふたりで過ごす時間の前には瑣事であった。
 そういえば今日は日直だった気がするから、珍しく真面目に日誌なんか書いてみようかと思う。
 四時限目、晴天。屋上で課外授業(日向ぼっこ)。出席、高杉・土方。
 そう記録して担任に提出したなら奴は酷く悔しがるに違いないと高杉は企んで笑った。









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