先輩銀時×後輩土方




 少し俯いて本を読む横顔を見たとき、さらりと落ちる髪で眼が隠れるのが勿体無いと思った。

 ―――きれいな眼ェしてんのに…。

 そう思えば自然と手が伸びていて。今にも壊れそうな硝子細工に触れるみたいに黒い髪を掻き上げると、その髪の持ち主はぴくりと震えて視線を上げた。そして横を向き、銀時を認めて眼を見開く。
「先パ…、な、んですか…?」
「え。あ、いや…邪魔そうだなーと思って」
 まさか手を伸ばした本当の理由を云えるわけもなくて銀時はしどろもどろに答え、少し惜しいと思う気持ちを振り切って髪を手放した。銀時の髪などとは比べようもないほど従順に、それはまっすぐ流れ落ちる。
 また、覆い隠される眸。勿体無い。影が落ちそうなほど長い睫を揺らして瞬きをする瞬間は、銀時の呼吸を止めるほど印象的なのに。
「……髪、ピンか何かで留めたら?」
「先パイみたいにですか…?」
 邪魔だから、けど髪を切りに行くのも面倒だからという理由だけで前髪の一部とサイドの髪をカチューシャで留めている銀時を見て、悪戯っぽく口許を緩める土方につられて笑う。
「そうそう。あ、ピン貸してやんぜ。付けてやろうか?」
「じゃあ、お願いします」
 意外にもすんなり承諾をもらえて、銀時はわたわたと慌ててズボンのポケットからヘアピンを探し出した。昨日外したのを入れっ放しにしていて良かったと心の底から思う。昨日の自分ブラボー。
 それを持つと銀時は土方の髪を耳にかけるように手櫛でそっと梳いて、嫌になるほど緊張しながら慎重にひとつずつ差していった。
 大人しくしている土方の横顔と手に触れる髪の感触と少しだけ感じる体温。
 それにむず痒い沈黙。
 まるで初恋の子といるみたいだと考えて、銀時はひとり焦った。
 ―――いやいやいやだって土方は確かにかわいいけど男だし可愛い後輩だけど男だし今むっちゃくちゃときめいてるけど土方は男だからそんなんじゃないから!! 何考えてんの俺! 何で跳ね上がってんの俺の脈拍と体温!! 風邪か!? ああ、うんそうか。そうに違いねェよな! まさか、そんな…そんな……なぁ。
 徐々に自信を失いつつある銀時の手が止まって、不思議に思った土方が視線を向ける。
「どうしたんですか?」
「……恋かな? っ、恋じゃない! 愛じゃない!」
「何ですかその古いフレーズ…」
「へ? あ、ああ! ごめん、もう終わったから!」
「ありがとうございます。……本当、どうしたんですか? 今日はおかしいですよ、先パイ」
「おかしくなんかないって! そ、そういやさ、真剣な顔して何読んでたの?」
 追及されるととても困ったことになるので、話を逸らそうと銀時は土方の手にあるカバー付きの本を指差した。銀時がすぐ横まで近付いても気付かないほど集中して、この優等生のことだから真面目な本でも読んでいたのだろうかと思いつつ今は閉じられたそれを見る。
「るろ剣愛蔵版です」
「マジでか」
「マジです」
 心底予想外の答えに驚いた銀時を見て、土方は面白そうに微笑んだ。

 その顔ときたらアナタ。

「もうアレは犯罪だって。かわいすぎだって。ちゅーされても文句云えねーって」
「それで、頬腫らしてるわけか」
「土方っていい拳してるよな。てことで冷やすもん下さい高杉先生」



 坂田銀時18歳。恋の目覚めは頬の熱と共に。









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