銀八×土方




「……土方くん」
「何ですか」
「何で先生の前で堂々と煙草なんか吸っちゃうの」
 嘆かわしげに首を振る銀髪の男――担任の坂田に土方は冷めた眼を向けた。
 やる気なく見えるかもしれないけどこれでも一応俺も教師なんだよ?と、云うその男の口許にも煙草が咥えられているのだから説得力などどこにあるんだと土方は思う。
 なくても特に困らない国語科準備室は酷く狭い上に坂田が占領しているため、他の教師は寄り付かない。だからこの男にさえ口止めしておけば学校内でこれほど安全な喫煙場所もなかった。丁度よく坂田はヘビースモーカーだから、この部屋が白く曇っていることなど日常茶飯事であるし。
 それでも一応そう頻繁には来ないようにしている場所なのだが、今日は雨でいつもサボってる屋上には行けなかった。そんなときに限ってどうしても一服したくなったから、土方はこの部屋の扉を叩いたのだった。
 自身の横に立つ草臥れた白衣を身に付けた教師を、椅子に座っていた土方は一度ちらりと見上げてから顔を逸らした。
「先生が、」
「ん?」
「さっきの授業中一遍も俺のほう見なかったから」
「……それで?」
 男の反応の微妙な遅れと声音の些細な変化を、土方は聞き逃さなかった。紫煙を深く吸って、煙草を手に持ち替えると見せ付けるように肺から吐き出す。
「こうしてたら先生に構ってもらえると思ったから」
 って云ったらどうします?という続きの言葉は伸びてきた腕に攫われた。
「土方…!」
 ぎゅっと抱き締められた瞬間にリノリウムの床へ落としてしまった煙草を視線で追い、土方は教師――今は恋人、と云ったほうが適切だろうか――に見えない角度で薄く笑む。
 ―――チョロいな。
 
 オトナでも、恋をすれば案外単純になるらしい。





 なんていうほど現実は甘くなくて、担任教師はきちんと仕事をすることも忘れなかった。
「あ、けど今回はちゃんと煙草没収な」
「……チッ」
「先生を侮るんじゃありません。嘘はもっと上手くつけるようになってから云いなさい」
 ぽんぽん、と宥めるように頭を撫でる手の大きさに土方は俯いて眉根を寄せる。
 どれが嘘でどれが本音かを、この男はきっと正確に捉えているのだろうと思うと悔しくて堪らなかった。








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