銀八×土方




 先生の家には、躰がすっぽり埋まってしまいそうなほど大きくてふかふかのクッションがある。
 そこから覗く黒い後頭部に、先生はさっきからあれやこれやと声をかけ続けていた。
「土方。ら、ラジオとか聞く?」
「聞きません」
「土方。じゃあ音楽かける? 先生踊るよ?」
「いりません」
「……土方。アヒルのオモチャ」
「いりません」
「…………」
 ひたすらにべもなく返される拒否の言葉に先生がうちひしがれたのが、背中越しにも生徒には分かった。ガチャガチャ、ガーガーと音がするのは走るアヒルのオモチャをイイ年した大人がリモコンで操作しているからであろう。
 本当は、些細なことが原因で損ねた機嫌はもうそれほど悪くない。けれど、ならどうしてまだ怒っているフリをしているのかと云えば、必死な様子で手を尽くして何とか生徒の機嫌をとろうとする男をかわいいと思ってしまったからだ。
 ―――これってもう重症だよな。
 あーあ、と嘆きたい気持ちでクッションに身を沈める生徒の背後からは尚も情けない先生の声が聞こえてくる。
「土方。ほら、漫画もあるよ?」
「……何のですか?」
「わ、ワンピ最新刊」
 はじめての拒否以外の返事に光明を見た先生の声音が少し跳ねた。その分かり易さに笑ってしまいそうになるのを堪えて生徒は拗ねた表情を保ったままちらりと振り向く。
「読みます。貸してください」
「土方…! あ、朗読するよ」
「いや、それはいりません」
 本気で。
 きっぱり断ると先生は何故か物凄く落ち込んでしまって、今度は生徒が必死でご機嫌取りをしなければならなくなった。









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