金時×土方
甘い笑顔も声音も言葉も要らない。 その仮面を剥ぎ取った下の、本音しか要らない。 「お前は俺の、全部を奪ってくつもりなの?」 きらめく金糸の髪を無造作に跳ねさせている男は、そう言って薄いくちびるを綺麗な笑みに彩った。戯れ言を嘲うように。 仮面のない人間など存在しない。 素顔のままで生きていくにはこの世界はあまりに汚すぎて、ひとは傷付きやすくて、耐えられないに違いない。これがなければ、生きていくことさえできない。 だから金時が仮面を被り、舌先だけの言葉を弄するようになったのは何もホストを職に選んだからではないのだ。 ただ選んだ表情が、たまたまその職に適していたダケのこと。 故に、ナンバー1ホストの座に君臨させられているダケのこと。 本当は興味もない。つまらない。どうしてこんなものに皆執着するのか、解らない。 そしてそんな虚無を、ずっと抱えて生きていくのが普通だと思っていた。 店の書き入れ時を過ぎた後、少し休憩をとるためにバックへ引っ込むと先客がいた。 土方十四郎という名の、入れ替わりが激しいこの店でもう結構な古株になるバーテンの青年だ。いつも誰に媚びることもなく黙々と正確迅速に仕事をこなす土方を、金時は気に入っていた。外面の人当たりの良さとは裏腹に己のテリトリーには殆ど誰も引き入れない金時にとって、これは珍しいことだ。 だからこうして休憩がかち合う度に言葉を交わしていたりした。たまに悪ふざけで口説くような科白を口にすると怒り狂う土方の反応も面白かった。好きだ、と思う。けれどそれはお客の女の子を可愛いと思う感情と大差ないものだと思っていた。 しかしそうではなかったのだと、どうしようもない現実を突きつけられたのは、少しだけ気を許したような微笑を浮かべた土方に衝動的に口づけてしまったときだ。見開かれた漆黒の眸に見えた拒絶が、金時の頭に冷や水を浴びせた。それでも長年培った経験や勘というのは大したもので、すぐに理解した。 これは、恋愛なのだと。 理解して、告げた。 だが、それを土方はホストのたわ言と聞き流して信じなかった。 そうして、諦めずに繰り返し何度も手を変え品を変え愛を囁けども不可視の壁に弾かれ、伝わらぬことに耐えきれなくなってどうすれば信じるのかと問うた金時に返された言葉が、仮面の下にある本音しか要らない、だった。 「奪うつもりなんざねェよ。ただ、そのクソつまんねェ仮面貼っ付けたツラで構われんのが心底ムカツくだけだ」 「素顔で告るんだったらイイって?」 「まだムカツク度合いは少ねぇんじゃねーかって程度だがな」 信じるともオーケーするとも決して答えずに、壁に凭れて立つ土方は取り出した煙草を咥えて火を灯す。息を吸い込むと、精神を落ち着かせる苦味が肺を満たした。 その隣に座っている金時は、ふわふわと無造作に飛び跳ねる金髪の隙間から横目に土方を見上げる。普段は笑みを湛えているその深い青の瞳が、感情を宿さぬ濁った硝子球と化した。 「ふぅん。けど、言っとくけど仮面の下はのっぺらぼうだよ。面白いどころか、なーんにも残らない。空洞だ」 「……それがオメーか」 「そ。これが金サンですよー」 笑みを消した顔でだるそうに答えて、金時は土方が吸っていた煙草を掠め取ると口元に運ぶ。一口吸うと、灰皿もない通路に長く伸びた灰がぼろりと崩れて落ちた。 仕事中にも、それ以外でも、誰にも見せないような金時の無表情はひたすらに顔の整った造作を際立たせるだけだ。甘い表情がなくとも、淡い金色の睫に縁取られた青の双眸と通った鼻梁に薄めのくちびるがバランスよく配置されたかんばせは、それだけで息を呑むほどの迫力があった。 「へぇ。まぁ、薄ら寒ィ笑い顔よりゃマシじゃねぇか」 感嘆したように呟いた土方は壁から背を浮かせ、垂れ下がってきた前髪をサイドに撫で付けて露になった己の額を手の甲でひと撫でする。仕事モードに戻った土方は、しかしすぐ仕事場には戻らず金時の正面で立ち止まった。 「俺が欲しけりゃな、仮面も何もかも全部かなぐり捨てて求めろや」 全身全霊、全てを賭けろ。 でなければ、こちらから差し出してやるものなど何ひとつない。 そういう意思をこめて、眦を細める。 備品の詰まった段ボール箱に腰を下ろしている金時は、土方がくっと弧を描かせた口を開くのを見上げていた。 「俺は高ェぜ?」 ―――そこまで言うのは、俺を求めているのと同じことだよ? そう考えるよりも早く金時の体は動いていた。普段のやさしい所作からは想像も付かないほど強引に、ほぼ同じ体格をした男を抱き寄せる。 「一生傍にいて?」 低く掠れる声は、意図して出せるものではないほどの熱情がこもっていた。 耳朶を食まれ、吹き込まれた言葉にふるりと震えた土方をきつく抱き締めて白い首筋にくちびるを落とし、声にはせず宣戦を布告する。 全てを賭けるからには、全部貰うよ。 俺の本気も高いから覚悟してね。 07.Feb. |