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過去のweb拍手御礼短文。
≫1:山崎×土方

 理性は瓦解し、思考はぐずぐずに爛れる。
 その感覚に身を委ねる悦楽を知っていながら我慢することは、若い山崎には酷なことだった。けれどこの人に――土方に待てと云われれば、自分は何をおいても従うしかないのだ。上司と部下を抜け出た私的な関係でもなお、好きで好きでたまらなくてだから出来る限り尽くしたいと思う。
 つくづく俺ってこの人の狗なんだなァ。山崎はぎゅっと手を握り込み、掠れそうになる声を振り絞った。

「副長、もしかしてサドですか?」
「てめェがマゾなだけだろ。第一、何もしてねーのにンなこと云われんのは心外だな」
「何もしなくて、何もさせてくれない今は拷問みたいですよ」

 男ふたりじゃ狭すぎる布団の中で、少しでも寒くないように土方の躰を掻き抱く。彼のほうが体格は良かったがそんなのは問題ではなかった。土方の意思によって預けられたぬくもりを山崎は只管に取り零すまいとする。それが己の役目で、ふたりの関係性だった。
 だから生殺しもいいトコの現状も、何も無いよりはずっとマシだと享受する。夜に土方の自室に呼び出されて、密かにしていた期待は当てが外れたが。いや、別に今が不満ってわけじゃ、…欲に正直に云うならちょっとだけ不満だけど。

「………」

 副長、と呼びかけようとしてやめた。
 もう言葉にするものはない。伝えるものもない。隔てるものがないのだから必要ないのだ。
 抱き合ってちょっとだけキスをして体温を重ねて。少し速い己の鼓動と規則正しい心音の旋律に耳を澄ました。
 そうして眠りに就くまでのひと時に。

 溶けていく境界線。



≫2:三晋前提坂本×高杉

 江戸に行く、とくしゃくしゃに乱れた敷布に寝転がりながら煙管を吹かしていた高杉は零した。
 一服吸い終え、カンと雁首を叩いて吸殻を落としたのを見計らい、坂本は高杉を仰向けにさせる。そうして解けかけた包帯の上から左眼を、痛ましいものを慰めるように撫でた。高杉は不快とも許容とも分からぬ風情で見えている反対の眼を細める。

「やめる気は無いがか?」
「ねぇな」
「…止みゃあせんが、わしゃ無意味だと思うぜよ。復讐が生み出すもんは何も無いきに」

 云いながら、坂本が上体を起こした高杉の包帯を巻き直してやろうとするが、いっかな巧くゆく気配がない。苛々してきた高杉は結局その手を振り払って自分で手早く済ませてしまった。
 部屋は適温にぬくめられていて寒くない。高杉は脱ぎ散らかした着物を引っ掛け、のそりと立ち上がった。

「意味なんざ、この国を根底から引っ繰り返してやるのと同じくれぇに無ェよ」

 そして、この男の寛容さ――性的だらしなさとも云う――に付け込んでひとの体温を貪るのと同じくらいにも無意味なのだ。
 過去ばかり見詰めている愚かさ、バカバカしさは知っている。それでもこの意思だけは、この決意だけは揺るがせられぬのだ。掛け替えないものを喪った。その日を忘れることが無いように、燻る復讐心が吹き消される日もない。怨憎の元凶を根絶やしにするまで、この黒い炎は燃え続けるのだ。
 情事の後の濃密な雰囲気は空調装置が起こす空気の流れに掻き混ぜられ、薄れてゆく。

「敵を討つって、アイツに云ったんだよ」

 そう、誓ったんだ。



≫3:銀時×土方

 眼が声が表情が雰囲気が気配が、この男の何もかもが俺を居心地悪くさせる。
 なのに何故ふたりきりなどという状況に陥ってしまうのだろうか。

「多串くん…」

 やめろ。
 そんな声を出すな。そんな眼をするな。いつもの生気のない眼差しは何処へやったんだ。わけもなく動揺して呼吸がままならない。ひゅ、と引き攣れた息を吸った。後退りしかける足が畳の上を滑る。
 この男に恐れを感じるなど冗談ではなかったが、本能が。理性の届かない根底の震えに躰が怯んだ。上滑りして伸びきった足の間に銀時は躰を割り込ませて、土方の緩慢な逃げを封じる。

「俺、オメーに惚れたみてェだわ。だからさ、」

 下から覗き込むように視線を絡められ、土方は眼を見開く。うろたえた。この男の言葉など信用ならない、戯言に違いないのに。耳が熱い。体温が上昇する。

「お前も俺を好きになれよ」

 何で命令形なんだよ。そんな文句を思いつくほどの余裕も無かった。必死で深い色をした眼の引力に抗う。
 揺るがされるな。呑まれるな。流されるな。
 何もかも戯言なのだ。

「……てめェなんざ、好きにならねーよ…」

 だけど、それはもう。



≫4:土方×神楽

 声には言葉を現実のものとする力があるという。
 この国では昔そのように信じられていたと、何で知ったかはもう思い出せない。だが恐らくはテレビの番組だろう。確か銀時が、もしそれが本当だったら俺はパチンコに負けねェよ、とぼやいていた気がする。
 そして神楽もそんな古い俗信には懐疑的だ。しかし、完全に否定も出来なかった。

「おい、チャイナ娘」
「そんな風に呼ばれるのは不愉快ネ。名前で呼ぶまで返事しないアルよ」
「………」

 途端に充満する沈黙に抵抗を感じた。胡坐を掻いて座る土方の太腿の上に神楽は図々しく居座っている。土方は広げた新聞を読むのを邪魔してくるピンクの頭髪を見下ろした。小さな頭の天辺に旋毛くらいしか見えなくて少女の表情は窺えない。

「コラ、いい加減退け」
「誰に云ってるんだか分からないネ」

 この部屋には今ふたりしかいないというのに、一体他の誰に云っているというのか。灰皿に煙草を押し付け、土方が諦めの溜息を吐いたのが神楽には感覚で分かった。
 声には力があるという。

「…神楽」

 その瞬間に。

 全ての音が遠ざかった。



≫5:高杉×土方 ※軽度の性描写アリ

 けばが立った畳の藺草を土方は縋り付くように掴んだ。
 その右手を強引に引き剥がされ、仰向けに躰を引っ繰り返されると結合した秘所が濡れた悲鳴を上げる。指先や爪先まで感電する刺激に甘く震えた土方を高杉は嗤った。捕らえた手首の内側に、笑みに歪めたままのくちびるを寄せる。
 口吻けた肌は日焼けを知らぬ滑らかな白さで、紫の血管が透けて見えた。或いは、どれだけ太陽の凄烈な光に曝したところで彼の皮膚はその痕跡を尽く拭い去ってしまうのかもしれなかった。それはこの男の性質と同じ、頑なな拒絶だ。
 高杉はつい先程まで呑んでいた煙管に空いた手を伸ばした。土方の手を畳に押し付け、先端から今だ細く紫煙を上げる煙管の刻み煙草を棄てる。その火皿は吸殻の熱を残し、触れれば火傷をすることだろう。
 高杉はうっそりと艶やかに笑んで、キスを落とした白い肌にそれを押し付けた。皮膚を焼かれる痛みに土方の眼が瞠られ、ビクリと躰が跳ねる。絶息のような喘ぎが戦慄く口唇から迸った。

「ア、ァっ! な…にを――!」
「これで、忘れられねェだろ?」

 少なくともこの赤い火傷が残るうちは、見る度に自分を思い出せばいいと高杉はほくそ笑んだ。
 指名手配犯である自分と陰で逢い躰を繋ぐことを強要したのは高杉だが、最終的にそれを拒めなかったのは土方の過ちだ。おキレイになれない性根を隠して正しく生き、正しく振る舞うことで生じたひずみの捌け口を求め、裏切りという蜜の味を知ってしまった罪だ。
 土方の日常に食い込む隙を、いつだって窺っている。痛みも苦しみも屈辱も悦楽も。俺が与え、俺に感じたものを総て。しっかりその眼と、この疵に、刻み込んで。

「憶えとけよ?」

 絶対に。





お粗末さまでした。

提供元:おつまみ提供所。