市中見廻りの最中、視界の前方にあるみたらし屋の軒先でムカつく銀髪が声を掛けてきた。



「やっほー、沖田くん。オニイサンと遊ばない?」






     団子より餅





 ちょっと待て。てめェ今何て云いやがった。

 銀時の言葉に、誰より敏感に反応したのは沖田の隣を歩いていた土方であった。常日頃からの不機嫌を絵に描いたような表情が、更に険しいものとなる。眉間には深い皺、そしてこめかみがひくりと引き攣った。
 淡い茶髪に人形のような整った相貌をした沖田は土方の(一応)大事な部下で、それ以上に幼い頃から大事に育て上げたも同然なのだ。その結果か元からの素質か、S星王子になってしまったりもしたが、それでも土方にとって沖田が家族同然に大事であることに変わりはない。
 そうして弟のように大切にして可愛がってきた沖田に、明らかにマダオな悪い虫がつくのを土方が黙ってみていられるわけがなかった。しかし、鯉口を握り親指を鍔に掛けた状態で口を開きかけた土方より一瞬早く沖田がいつもの平坦な声を吐く。

「生憎と今日は保護者付きなんでさァ。すいやせん、旦那」
「あら、残念。じゃあまた今度ね」
「ええ、今度」

 あっさりと、実にあっさりと交わされた言葉で引き下がる銀時に土方は思わず拍子抜けしてしまった。刀を抜くタイミングを逃し、手と吸い込んだ空気が行き場を失くす。けれど腹の底から込み上げるむず痒い腹立ちは治まらなかった。
 緋毛氈を敷いた背凭れのない長椅子に腰を下ろしてみたらし団子を頬張っている銀時は土方には眼もくれず、沖田も沖田で土方のことをさも邪魔者であるかのように云う。それが非常に面白くないのだった。
 ―――って、違う! そんなんじゃねーよ!
 一瞬心に浮かんだ思いを土方は即座に打ち消す。面白くないとか、そんなことはではなく自分の大切な人間に魔の手を伸ばされたくないのだ。そう、土方は自分に強く云い聞かせた。
 そして刀の柄を握る手に再度力を込め、後ろ手に手を突き半ば寝転ぶようなだらけた姿勢で串を咥えている銀時をぎろりと殺意の漲る眼で睨め付ける。斬り合いのときの足運びですっと沖田を庇うような位置に割り込んだ土方は今度こそ鯉口を切って銀時に詰め寄った。

「ウチの総悟に手ェ出すんじゃねェこの腐れ天パ!」
「えー」

 語気鋭く云うと、この上なく不服げでいて苛立ちを煽る声で銀時は片眉を上げるが無視して次は沖田に向き直る。

「てめェもてめェだ! あんな野郎に誑かされてんじゃねーよ!」

 痛い目見ても知らねェからな、と。まるで年頃の娘に父親が時代遅れな説教をするように怒る土方の背後で、食い終わった串を皿に投げた銀時が何か物凄く納得したように一言呟いた。

「あ、多串くん。もしかしてジェラシー?」
「そうなんですかィ? 男の嫉妬は見苦しいですぜ、土方さん」
「断じて違う!!」
「またまたァ」
「隠さなくっても総てまるっとお見通しでさァ」
「違うっつってんだろーが! もういいてめェらなんざ勝手に仲良くやってろ!!」

 瞳孔が開いた双眸の端を怒りか羞恥に色づかせた土方は、刀を抜くことさえ忘れて叫んだ。そしてくるりと踵を返すと、ずんずんと早足で人込みを掻き分け――といっても土方の尋常じゃない剣幕に自然と道が出来ていたが――、立ち去ってしまう。
 追い駆けることも引き留めることもせず銀時と沖田は、それを見送った。きっと沖田が土方を追わずこの場にとどまったことに少し経ってから気付いた土方が、また不愉快な思いを噛み締めるだろうと思って。
 少し間をおき、銀時がぼんやりと眠たげな眼を瞬きさせて問い掛ける。

「やっぱ、図星?」
「でしょうね、あの反応だと。昔から変わってませんや」
「ふーん……」

 小さくなっていく黒い背中を見ながら、考えていることは確認せずとも同じであった。



(かわいいなァ、もっとイジメてェ……)



 そして土方の嫉妬の矛先は、果たしてどちらだったのか。






06.Jan.




* Back *