土方×銀時/No.1




 性質は怠惰。
 嗜好は糖分。

 相性は、多分最悪。







   no title





「お、」
「げっ」

 自販機の釣銭口を地面に這い蹲る勢いで覗き込んでいた男は、上げた顔を至極嫌そうに歪めた。
 それは相手が特別武装『警察』の制服を纏っていたから、ということだけが理由ではない。自分が職務質問を受けるような怪しい行動をしていたからでも、ない。
 真っ直ぐな黒髪で常に瞳孔が開き気味の双眸を鋭く眇める、土方という男がどうにもいけ好かないだけだ。初対面から斬りかかられて、その次も斬り結ぶ羽目になって、いい印象など持てる筈もない。舌の上で転がしている飴の甘味が一気に失せてしまった気さえする。
 銀時を傲岸不遜に見下ろしてくる土方は、呆れたような顔付きで咥え煙草を揺らした。

「何やってんだよ」
「いや、ちょっとこの奥に伝説大陸への入り口が見えた気がしてよォ」
「取り忘れのツリはなかったか」
「なかった。……あ」

 しゃがみ込んだまま項垂れて、うっかり零してしまった本音に銀時はしまった!と我に返る。土方を見ると、煙草を手に持ち替えてニヤリとほくそ笑んでいた。

「ハメんのは卑怯だろーが!」
「引っ掛かるほうが間抜けなんだよ」
「ぐっ…、性格悪ィって云われねェ?」
「鬼の副長とは云われるな」

 しらっと開き直れば、咄嗟に反論を思い付けなかったらしく銀時は死んだ魚と同じ眼はそのままに悔しそうな顔をする。僅かな沈黙があって、土方は銀時の反撃を待って悠然と灰色の息を吐き出した。そうして余裕だと示すことに何故だか妙に優越を感じる辺り自分も大概性格が歪んでいると思う。
 基本的に、きっと馬が合わないのだ。しかし、そうなのだとしたらどうして町で見かける度に声を掛けてしまうのか、という疑問が生まれることになるのだが土方はそのことを極力考えないようにしていた。

「仏の銀サンと渾名されてる俺とは大違いだな」

 土方が詮無いことを考えていると、銀時が苦し紛れにそんなことを云って口から引き抜いた飴の棒を振る。医者に甘味を制限されているから、というよりは極貧であるが為にあまり多く買うことが出来ないのであろう、みみっちく舐めていたらしい棒の先には噛めば一瞬でなくなりそうなほどに小さくなった飴がくっ付いているだけだ。
 そちらに一瞬目を遣って、視線を銀時の顔に戻す。

 ものの弾みというのは恐ろしいもので。
 その瞬間、訪れた衝動は速過ぎて逆らう間もなかった。


「………ッ、苦っ! マズッ! にが!!」


 この世の地獄を見たというような顔で、銀時は喉を手で押さえると舌を出す。
 そのあからさまな嫌悪の行動に、土方は煙草を挟んだ手の甲でぐいっとくちびるを拭って眉間を寄せた。
 ―――こっちだってムチャクチャ甘かったっつの。
 胸中で文句を云って、しかしキスをするなんて暴挙に出たのは自分だと後からふと自覚する。
 更には思いっきり顔を顰めて嫌がられているのに、かわいいと思ってしまっていることにまで気付いて土方は頭を抱えたくなった。
 いや、いやいやいやいやコレは気の迷いだって。ちょっと混乱してんだって冷静になれよ俺。
 けれど、考えるほど普段の銀時を思い出すほど今ぽっかりと浮かんだ思いを否定できなくなっていく。まるで自分の首を絞めているようだ。いつも見るのがひとを食ったような腑抜けた表情か神経を逆撫でするニヤけたツラが殆どだったから、新鮮というのだろうか。とにかく、何とも云えないけれど悪くない気分に思えてきて、冗談じゃねェと頭を振るが、本当に冗談じゃないのだった。だから尚更タチが悪い。
 土方を未曾有の大混乱が襲っていることにも気付かず、銀時はぺっと道端に唾を吐き棄てて怒鳴った。

「何すんだよ!」
「何、って……キ」
「うわああああ!!! いい! やっぱ云うな! 頼むから何も云わないでクダサイ!!」

 実にあっさり起こった現実を突きつけられそうになって、今度は銀時がパニックに陥った。
 顔を背けようとしていることに何で自分から眼を向けようとしてんだよ俺のバカヤロー!
 そして陽光を鈍く弾く銀糸の天パを掻き毟って反省を自己嫌悪にまで発展させようとしている銀時の慌てぶりに、土方は却って冷静になったりする。
 今日はどうやら、状況と運が土方に味方しているようであった。ツイている、と土方はひとの悪い笑みを再び口の端に貼り付ける。

「そんなに嫌がることか」
「ったりめェだろ!! ヤロー同士で…いや、そういう奴らを否定する気はねェんだけど俺は違うから! 生まれてこの方貞操の危機は確かにあったけどノーマルだから!!! …………って、」
「……ンだよ」

 血の気の引いた顔で、銀時はじりじりと後退りしていく。
 失礼極まりないその態度に、土方は唯でさえ鋭い双眸を眇めて睨み付けた。云いたいことがあるならはっきり云え、と視線に込める。すると、深呼吸で躊躇いを吐き出して銀時はゆっくりと問うた。

「もしかして、オメーってそういうシュミ?」
「違うわッ!」
「だったら何でだよ!」

 わけ分かんねーよお前!
 充分な間合いをとって銀時にそう叫ばれ、はたと口を噤む。
 何で、って。
 口吻けた理由など、ひとつではないのか。
 そのことに今更気付いて土方は莫迦らしくなった。

 全く、どんな茶番だ。
 鬼が夜叉に惚れるなど。






06.04.01




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