ずっと、仲間だった。 大切で。掛け替えのない。 背中を預けることができる、仲間だと。 けれど、そう思っていたのは、俺だけだったのか……? ―――約束して? 俺より先に死なないって。 珍しく神妙な顔をして、唐突にそんなことを云い出した銀髪の男を土方は訝しげな眼で見た。 わざわざ約束を取り付けずとも、土方に自殺願望などない。だから死ぬときは不治の病に侵されるか、不可抗力の事故に巻き込まれるか、殺されるか、だ。武装警察真選組の副長をしている土方にとって、最も可能性が高いのは最後のものだろう。 戦って、死ぬ。 そればかりは、どうにもならない。戦うことはこの組織と土方の存在理由である。やめることなどできない。今までもこれからも、刀を手に戦場を駆る限り死の危険はすぐ傍に潜んでいて、だから先に死なないなどと約束をしたところで無意味なのだ。 確約できないからには、安易に頷けない。 本気の眼をする銀時に対しては、尚更。 「お前がいなくなったら、俺は生きていけねェから」 「……俺に責任を押し付けるな」 戯言を口にする銀時に、低く感情を殺した声で云い返す。 ―――そう云うお前は、全部置いて先に逝くんだろ。 そんなこと、云えるわけがなかった。 銀時の部屋の文机に書類が乗っているのを土方は久し振りに見たと思った。 書類仕事は面倒くさいと云っていつも土方に回してくるというのに、何か気を惹く案件でもあったのだろうかと少し興味が湧いて、主が不在の部屋に入り込む。書類のいちばん上で裏返しになっている紙は封書か何かで届いたのか幾つも折り目が付いていた。 それを手に取り、裏返す。寸前で、肩越しに伸びてきた手がそれを奪い取った。 「いやん、エッチ」 抑揚のない間延びした声が至近距離で鼓膜を震わせる。 バッと身を翻し、土方は気配も覚らせず背後に立った男に振り返った。気儘に飛び跳ねる銀糸の髪の下で、深く濁った双眸が土方の顔を覗き込んでいる。そこからは何の感情も窺えなかった。 唯、心臓がドクリとざわめく。 銀時は何か良くないことを隠していると、勘が告げていた。妙な不安が胸を占めて土方は眉を顰める。 「銀時、」 「ん? 何?」 「……何でもねェ」 この男が素直に総てを喋るわけがないと、土方は首を振った。 そして、銀時は土方の前から姿を消す。 |
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今生の別れのような言葉に、躰が凍った。 言葉でも手でも引き止めることが出来ぬままに、銀時が去っていく足音と気配だけを聞く。頭の中が燃えるように熱かった。怒りが、固く握った拳を震えさせる。 己の残した言葉が土方に対する裏切りだと、銀時は気付いているのだろうか。 ずっと、仲間だった。今の組織ができる前から。 反発していても、認め合っていた。 大切で。掛け替えのない。 背中を預けることができる、仲間だと。 けれど、お前はそう思っていなかったのか? あの男はそんな気持ちで、土方や、それ以外の仲間と接していたのかと思うと、哀しみ以上に怒りが込み上げてくる。 ギリ、とくちびるを噛み締めて土方は熱をもった眼球を瞼で覆った。 ―――やっぱり、オメーが手前から俺らを棄てるんじゃねェか……。 その夜、銀時は帰ってこなかった。 「土方さん。昨日の夜から銀サンの姿が見えないんですけど、何処かで行き倒れてたりしませんでした?」 朝食前に土方の私室を訪れた新八が、多少方向性がおかしいものの心配そうに尋ねてくる。その後ろから、ピンク色の髪を団子に結わえ上げた少女――神楽も顔を覗かせた。こちらは本当に心配そうな、不安げな顔をしている。 神楽は誰よりも銀時の様子の変化や機微に聡かったから、薄々感じ取っていたのかもしれない。 あの男が誰にも何も語らず、独りで総ての方を付ける為に自分の元から去っていくことを。 だから土方は、どうせまたどっかで呑んだくれてんだろ、と誤魔化す言葉を吐くことも可能だったのにそうしなかった。ありのままを、答える。 「アイツは昨日出て行った」 「え、出て行ったって何処に…」 「…………」 「っお前何で止めなかったアルか!」 知らないとは云わなかった。 それでも、土方の表情からそれを嗅ぎ取った神楽が声を荒げる。少女の白く華奢な手が胸倉を掴んでも土方は抵抗しなかった。受けて当然の非難だと思う。 神楽の大きな蒼いまなこが、歪んで潤んだ。それが間近に見えて胸が痛む。 「神楽ちゃん!」 「銀ちゃんを止めれるのは、お前しかいなかったのに……なのに!」 新八が制止する口調で呼ぶが神楽は耳を貸さなかった。どうして死地に赴く銀時を見す見す行かせたのかと、土方に詰め寄る。 並の男など比にならぬ膂力で服を掴まれ、壁に押し付けられて呼吸が苦しかった。 けれどそれ以上に、心が苦しい。 神楽は自分と同じだ。銀時に置いていかれたものだ。土方がもっと幼かったなら、今の少女と同じように怒りをぶつけて喚いただろう。 気持ちが分かるから、ツライ。 土方の隊服を握り締めている神楽の手が震えているのに気付いても、掛ける言葉を思い付けなかった。 慌しい足音が近付いてくるのが聞こえ、それが止まると障子が勢いよく開かれて朝陽が直接に差し込んだ。 その桟を掴んで躰を支え、山崎が息も切れ切れに報告する。 「副長、旦那の行き先が特定できました!」 「!」 土方に詰め寄っていた神楽が、山崎の言葉に眼を瞠った。 思いの外早かったな、と土方は思う。あの男のことだから徹底的に足取りを絶っているだろうと思っていたのに。それだけ監察が優秀だったということか、銀時にそこまでの余裕がなかったのかは分からないが。 「ご苦労だったな。すぐ報告書に纏めてこい」 「はいよ」 神楽の力が緩んで胸元が楽になった土方は、そう云って山崎を下がらせた。障子が閉められ、室内は沈黙に包まれる。 土方は殆ど添えられているだけになった神楽の手を離させ、隊服の内ポケットから煙草を取り出した。今になって急に煙草が吸いたくなったのだ。どうやら、銀時の行方を掴むまで無意識に気を張り詰めていたらしい。 咥えた煙草の先端に火を灯し、一服する。 「さて、俺ァあの野郎の部下じゃねェ。だから俺は俺の好きに動かさせてもらうが、テメーらはどうする」 土方の行動はもう決まっていた。そう簡単に切り棄てられるものと思ったら大間違いだということを、あの男に思い知らせてやる。 しかし、神楽と新八は銀時直属の部下であった。その彼らを連れて行かなかったということは、待機命令とほぼ同義だ。普段なら銀時の下す命令などあってないようなものだが、今死地に赴いた彼の残した気持ちが分からないふたりではないだろう。 それでも、眼を見合わせた神楽と新八の表情に迷いはなかった。 「僕たちだって、」 「あんなマダオ上司じゃないネ!」 力強く頷く新八の言葉を引き継いで侮辱とも思える言葉をきっぱりと云い放つ少女に、土方は口許に微かな笑みを浮かべた。 |
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―――お前には生きていてほしいから。 だから、その為に俺は……――― ![]() この冬いちばんの感動と涙を、あなたに。 |
嘘です。 |
予告部屋開設記念、書き下ろし嘘予告でした。 まるでとてもいい話風な科白に入れ替えられた画像をてんさんに頂いて、そこからできるだけシリアスでいい話っぽくネタを膨らませてみました。愉しかったです捏造作業。(笑) 本をお持ちの方は是非読み比べてみてください。てんさんは銀ちゃんが可哀想すぎて仄かに哀しくなるよ、と云いますが私はあのギャップが好きなのでいいと思います。 本をお持ちではない方は冬コミ発行予定のてんさんの再録本『Re;Re;』をお愉しみに。 最後に、てんさんから頂いたコメントで締めさせていただきます。 「こんなシリアスな話だったらよかったものを…」 【文責・羽月/イラスト・てん】 |