「お客さん、着きましたよ」

 と、かけられた声に銀時は目を覚ました。仕事帰りのタクシーで眠り込むほど、今夜は酔っていたらしい。まだぼんやりしている頭を振って眠気を払おうとしたが、あまり功を成したとはいえなかった。
 精算を済ませ車外に出る。冷えた空気の洗礼を受けつつ、惰性が足を動かした。アルコールが体内に残っていたとしても、慣れた道だ。間違えることはない。
 しかし――。

「あ?」

 家の前まで辿り着いた銀時は間の抜けた声を発した。ドアを開けるため鍵を差し込もうとしたのだが、入らなかったのだ。
 酔っているせいかと思い、何度か試してみたが変わらない。家主である銀時を拒絶するように、鍵穴が鍵を受け入れないのだ。
「ったく、なんだよチキショー」
 こっちはいい加減疲れて眠いというのに。酔った上に眠い頭に根気なんて言葉があるはずもなく、銀時はろれつの怪しくなった口調で毒づいた。
 と、そこであることに気づいた。

 鍵が違うのだ。

 銀時は鍵を二つ持っている。一つは自宅用で、もう一つは恋人――といったら怒られるだろうが銀時にしてみればそうとしか言い様がない人――の家の鍵だった。
 どうやら自分は鍵を間違えて差し込もうとしていたようだ。それでは入らないのは当然である。
 鍵を取り替えながら銀時は苦笑した。確かに布団は恋しいが、それ以上にアイツを無意識に求めていた自分にだ。
 取り替えた鍵は先程までの抵抗が嘘のように、すんなりと鍵穴に差し込まれて回った。鍵の開く音に満足して、さあこれから二番目に恋しい布団に懐けると扉を開けようとしたのだが。

「あ?」

 ドアは数センチだけ開いた状態で無情にも止まった。再び訝しげな声をあげた銀時が力を篭めてドアノブを引いても、それ以上開こうとしない。
「何コレ」
 さすがに不機嫌な顔つきで唸る。俺はただ一刻も早く眠りたいだけなのに。今日も一日たくさん働いてきたっていうのに。客の要望でアフターに応じたのが悪かったっていうのか。
 だんだんと苛々が募ってくる。 
 別に俺だって行きたくて行ったわけじゃない。それも仕事の内だからと、割り切ってのことだ。大体、どんな高級な酒だってアイツと飲むのでなければ意味がないっていうのに。
 それなのに、こんな仕打ちってあるか?
「んだっつーの……」
 扉から手を離せば、ゆっくりとそれは閉まった。それすら銀時を拒否しているようでむかっ腹が立つ。
「っのヤロー、夜のお仕事舐めんなァ!!」
 銀時は思いきりよく扉を蹴った。静まり返った廊下に凄まじい音が響いたが、アルコールで麻痺しているせいか痛みは感じず、むしろ派手な音に銀時の足は勢いを増す。
「開けやがれオラァ!!」
「ふざけんなよチクショー!!」
 両隣を筆頭に近所の住民が驚いて目を覚ますような、罵声と、ドアを蹴る音が響いた。けれど、そんなもの知ったことか。一日の仕事を終え、疲れ切った家主が自分の家に入れないなんてそんなこと。あっていいはずがないだろう。なァそうだろう!?
「ウラァ!」
 何度目かの激しいアタックの後。カチリ、とドアの内側で音がしたのだが、そんな小さな音に銀時が気づく余裕はなかった。
 そのままドアを蹴破る勢いで攻撃しようとした矢先。

「うるっせェんだよ今何時だと思ってやがらァ!!!」
「ぎゃふァ!!」
 先程の銀時に負けないくらいの大音声とともに、慣性を無視する勢いで扉が開いた。それに正面からまともに跳ね飛ばされ、銀時は格好悪い悲鳴を上げて廊下に尻餅をつく。
「いだだだだ……」
 尻を打って涙目になった銀時の視界に仁王立ちしている足が映った。そこでハタと気づく。俺の部屋から出てきた奴は誰だ? まさか強盗か!?
 そうして素早く見上げたその先に、信じられない人物がいた。
「……え?」
 ――土方?
 そこに立っていたのは、銀時が求めてやまない土方その人だった。こんな時間だから寝ていたのだろうが、寝着に上着を引っかけた格好で、不機嫌も露わにして銀時を見下ろしている。いや、不機嫌どころの騒ぎではない。相当に怒っているのが見て取れただろう。それが普段の銀時であれば。
 しかしこの時、銀時は酔っていた。その上。
 土方が己の部屋から出てきた。その事実に震えが走った。勿論、感動で。合い鍵を渡しているというのに、土方が銀時の部屋に訪れる際にそれを使用したことは今までに一度もない。いつも他人行儀にチャイムを鳴らすのだ、この男は。
 それが今、ここに居るということは。
「合い鍵使ってくれたんだ!」
 感動の抱擁は、向こう脛を思い切り蹴られることで阻まれた。
「いだっ!!痛い痛い痛い!!」
「てめェ酒臭ェな」
 土方は顔をしかめて吐き捨てる。ねェちょっと待って。おかしくない? それが俺の部屋で俺の帰りを待っててくれた人の反応? それって照れてるの? 照れてるんですかコノヤロー。
「お前何夢見てんだよ」
 恋人の言葉も態度も絶対零度の如き冷たさだ。そしてさらに、土方は軽蔑の眼差しを寄越しつつこう言った。
「ここは俺の家だ」
 銀時はぽかんと、土方を見つめる。今何て言った? 俺の家? 土方の家?
 ああ、なんだそうか。
「俺達結婚したんだっけか」
「するかボケェェ!!」
「うぉ! じゃあなんだよ! 結婚したから一緒に住んでんじゃねェのかよ!」
「てめーその死んだ魚の目ェ見開いてよォく見やがれこの酔っぱらい。ここは、オ・レ・の・家・だ!!」 
 そう凄まれて銀時は辺りを見渡した。見覚えのある建物だった。エントランスに廊下に、ドア。
 見覚えがあって当然だ。自宅ほどではないにしろ、この場所へはもう何度も通っている。愛しい人が住んでいる処だから。
 つまり、最初から銀時は間違えていたのだ。酔って乗り込んだタクシーの運転手に告げた住所から、既に。
「ああホントだ……ってちょ、ちょっと待て!」
 誤解がとけた瞬間扉を閉めようとした土方に慌て、銀時は扉に足を突っ込んでそれを封じた。
 ドアの隙間から覗く顔が歪んだ。それはもう、心底嫌そうに。
「足退けろ、寒ィんだよ」
「いや俺も寒いから」
「だったら帰れ。そんで二度と来んな」
「っていうか中に入れて」
「ふざけんなこの野郎」
「冷えた身体を暖め合わねェ?」
「去ね!!!」
 ドアを引く手に一層の力が篭もったので、慌てて抵抗する。
「う、嘘嘘!! お前ちょっ、マジで止めて入れて! 銀さん凍死しちゃうから」
「帰りゃ死なねーよ……っていうかむしろ死ね! 死んでしまえ!」
「マジでかお前そりゃねェだろ、ちょっ、マジで入れて入れて入れて」
「騒ぐな近所迷惑だ」
「なら入れてくれよ頼むからマジでなんもしねーから」
 無意識レベルで求めているんだ。このまま帰ったら本当にヤバイ。情けないけれど。こんなこと言えたものじゃないが。
 なァこれ以上騒いだら本当に近所迷惑だろ、と。それまでの行動を棚に上げて籠絡にかかった。気が立っていたって一応は彼も社会人だ。しかも学校勤めだ。今以上に体裁が悪くなるのは望まないはずだろう。
 狙い通り、土方は諦めてくれた。
「おかしな真似したらベランダから放り出すからな」
 と釘を差すのも忘れずに。




 熱いシャワーを浴びてさっぱりして浴室を出たら、バスタオルとともに下着とスウェットが用意されていた。汚れた格好のまま布団に入るなよと言い置いた上で、自分は寝ると宣言していたっていうのに、こういう用意をしておくところは良い奥さんになれる素質があると思う。
 ――とはいえこれは、夜遊びは無しだという土方の牽制で、つまりは裸でベッドに入ってくるなという意味だった。
 宣言通り土方は床についていた。静かな寝室にそっと立ち入って、素早くベッドの中に潜り込む。冷えた身体では追い出されるのは必至だから、充分に身体を暖めてきた。案の定、土方は何も言わなかった。
 そっと腕を回して抱きしめる。体温が心地良い。彼の匂いがするのもどうしようもなく幸せで、今日の安眠は約束されたようなものだ。
 ついばむように、うなじに唇を落として。
 ああどうしよう。結婚したらずっとこんな感じだろうか。



 幸せな妄想に思いを馳せていたら、疲れた身体に最上級の眠りが落ちてきたので、銀時は抗うことなく目を閉じた。

(でも翌朝、勝手に作った合い鍵は没収されてしまうんだけどね!)




……貰っちゃった。日和さまの書かれたMシリーズ設定の銀土を。(夢じゃないのかとまだちょっと疑)
いやもう何ですかこの健気な銀さんは!!可愛くっていとしいですvv それに対してとてもつれない土方さんも素敵。しかもあれだけ邪険にしてたクセに躰あっためてから抱き締めてくる銀さんにはさせるがままなんですよ!土方さんの男殺しめ!!(褒め言葉です)
これを独り占めするともったいないお化けが出ること確実なので取り縋って泣き落とす勢いで掲載許可を頂きました。日和さま有り難うございましたーvv
土方さんが色んな人に愛されまくっていて非常に萌ゆる日和さまのサイトは此方。⇒【花霰



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