トシはとんがった耳の先から尻尾の先端まで、全身が真黒な仔猫さんです。
 その、お日さまに当たるとあったかくなるサラサラの毛並は飼い主の銀さんが褒めてくれるので、トシの自慢でした。だからトシはいつも毛繕いを怠りません。やわらかな躰を器用に丸め、舌を伸ばして隅々までキレイにするのです。
 けれど、それでもどうしても舌の届きにくい場所があったりします。そんなとき、トシはお家を出て友達の処に行くことにしているのでした。
 トシには友達がたくさんいます。その中でも、トシが毛繕いをしてもらうのはひとりだけでした。それはトシより少し躰が大きくて、トシと同じ真黒な色の毛を持ったウサギの高杉です。
 塀の上に飛び乗り、お気に入りの瓦葺きの屋根を上ると今日もそこに高杉が座っていました。トシは長いしっぽをピンと立てて、屋根の天辺まで駆けて行きます。

「しんすけー」
「よぉ。何だァ、遊んでもらいてェのか?」
「遊ぶのもしたいけど違うぞ。今日は毛繕いして?」

 高杉の横に腰を下ろしてトシはお願いしました。見上げれば高杉と眼が合います。高杉の左眼は包帯に覆われていて、その下をトシは見たことがありませんでした。その包帯の理由が気にならないと云えば嘘になりますが、むやみやたらと訊いて良いものでもないのだとトシは知っています。だから高杉が自分から話してくれるまでは我慢なのでした。隠し切れない好奇心で瞳孔が真ン丸に開き、しっぽが真っ直ぐに伸びても、トシはぐっと堪えます。ふるりと頭を振るって誘惑を振り払ったトシに高杉が問い掛けました。

「何処をやってほしいんだ」
「耳の後ろ。手でやっても何かムズムズするんだ…」
「はァん、ノミでもついたか?」
「そ、そんなことないぞ! 毎日ちゃんとキレイにしてるしっ、銀に洗ってもらったりしてるんだからな!」

 ノミなんか大嫌いなトシは厭なことを云う高杉に腕を振って反論します。その必死な様子に高杉はくつくつと愉快げに笑いました。それから胡坐を掻いた己の腿を叩き、トシに此処に座れと示します。トシの黒い三角の耳がピクと嬉しそうに動きました。いそいそと移動して其処に座ると、高杉の胸に背中を預けます。細くしなやかなしっぽが揺れて頬に当たり、高杉はくすぐったく感じるのでした。
 上機嫌なしっぽに構ってやりながら、余ったほうの手で高杉はトシの耳の付け根に触れます。程々に手入れされた髪の毛と、耳の片面を覆うびろうどのような短い毛を掻き分けてみましたが、ノミなど心配していたものは見付かりませんでした。そのことを伝えるとトシはほっと安堵の息を吐きます。
 高杉が丁寧にしてくれる毛繕いはとても気持ちが良くて、トシは少しだけうとうとしてしまいました。終わったぞ、と頭をぽんぽん叩かれてから慌てて眼を覚まします。そしてお礼を云おうと、顎を上向けて逆さに高杉を振り仰ぎました。
 トシを見据える隻眼は鋭いけれどやさしげで、嬉しくなったトシは高杉の長くて黒い耳にじゃれ付きます。
 そこで、そういえば、とトシはふと思いました。

「しんすけは、オレの耳と形が違うんだよな」

 屋根から転げ落ちないように囲ってくれている腕の中でくるりと躰を反転させ、トシは高杉の耳をつぶさに見詰めました。真っ直ぐに伸びたトシの耳と違って、高杉の耳は少し垂れています。それはきっと長い耳が重いからなのだとトシは思うのでした。もう一度手を伸ばして高杉の耳に触れ、トシはほぅと吐息します。

「オレもしんすけみたいなのが良かった」

 高杉の耳はとても長いから、きっとトシよりもいっぱい音が聞こえるのでしょう。
 そう考えるとトシは羨ましくて、くいっと掴んだ耳を引っ張りました。実感の全く篭もっていない声で高杉は痛い、と云います。くちびるの片端を吊り上げた声音は戯れのときのそれでした。
 やさしい手がトシの指を搦め捕って耳から離させ、心地好い声が耳に染み込んできます。

「何で」
「何でも」
「そうか? 俺は好きだぜ、お前の耳」

 高杉の喋る声がとても近くに聞こえてピクリと震えました。その耳を高杉はかぷ、と緩く歯で挟んで咥えます。予想外の刺激にトシのしっぽが飛び上がりました。真ン丸にした眼を幾度も瞬きさせます。けれど加減を調節された歯の感触にトシはすぐ笑い出しました。

「くすぐってェって」

 仕返しにしっぽで高杉の足を叩いてやるのだけれど、あまり強くはできない為にダメージにはなりません。
 一頻りトシをからかってから口を離した高杉は首を傾げ、いつもと同じように訊きました。

「今日は何して遊びてェんだ?」





夢久さまのサイトでとてもトキメキな毛繕い高トシの絵を見ることができるですvv

05.04.14




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