弾倉に弾を装填し、シリンダーを押し戻してホルスターに仕舞う。予備の弾丸を持っていることも確かめ、捲簾はゴキリと肩を鳴らした。次いで如何にもかったるそうに息を吐いて呟く。

「ひっさびさだよな、下界行くの」

 ポケットから引っ張り出した煙草の最後の一本を咥えて火を灯し、捲簾は隣に視線を流した。その視線に気付いた天蓬が、眼鏡のレンズ越しに刀から目線を上げる。そして眼を合わせたまま同意も否定もなく差し出された手に、捲簾は少し考えてから煙草のパッケージを渡した。すると中を覗いた天蓬の眉間に、難解な案件に取り組んでいるとき以上の皺が刻まれる。

「空を渡しますか普通」
「悪ィな、俺そんじょそこらにいる普通の男じゃねぇから」

 口端に煙草を挟んだまま歯を見せて笑うと、天蓬の眼が胡散くさいものを見るものになる。ぐしゃりと握り潰したパッケージを天蓬は捲簾の開いた軍服から中に突っ込んだ。

「おわっ! 何すんだ天蓬」
「いい男は新品を一箱くらい気前良くくれるものですよ」
「つったって、切らしてんだから仕方ねーだろ」

 これで最後だったんだよ、と云って捲簾は指先で摘んだ煙草を振る。伸びた灰がぱらぱらと床に落ちた。
 灰の軌跡を何とはなしに眼で追っていると、くちびるに何かを押し付けられて天蓬は眼を瞬かせる。息を吸うと苦味が舌を刺激して肺を満たした。
 天蓬が煙草を咥えたのを確認して、触れるか触れないかの至近にあった手が離れていく。それは節くれ立った皮膚も硬い武人の手だ。
 すぅ、ともう一息吸い込んで紫煙を吐き出し、天蓬は窓から外を見遣った。虚飾かと思うほどの穏やかな気候と風景がそこには広がっている。煙草の先端から立ち上ぼる灰色が吹き込む微風に揺らいで千切れた。

「此所も下界も、最近は平和でしたからね。下は今頃夏でしょうか」
「いきなり話戻すのなお前。つかマジで? まだ春辺りだと思ってたのにツいてねーな」
「いいじゃないですか、夏。春の桜もいいですけど夏の空もオツなものですよ。入道雲と青い空は、生命力が違います」
「……そんなトコにこんな恰好で行く俺らってどうよ」

 黒く厚手の軍服を纏っている己を見下ろし、捲簾はうんざりとぼやく。これでは戦闘に入る前から熱中症で生命の危機に陥るのではないだろうか。しかし、もしそうなったとしてもコイツだけは平然と生き残ってそうだなと捲簾は襟まできっちり留め具を嵌めている隣の副官を見る。この男はどんな暑さの中にあっても涼しげな顔を崩さないに違いないと勝手な予想を立てた。
 普段は撚れた白衣にだらしなく緩めたネクタイと外に出したままのワイシャツ、おまけに便所ゲタという自堕落を絵に描いたような恰好なのに天蓬は軍服となるとやけに堅苦しく着こなす。正直、この男の極端な感性は理解できないと思った。そう云ったなら、僕は貴方のその骸骨のほうが理解できませんよと云い返されることだろうが。
 じっとりと張り付くような暑さを思い出して嫌そうな顔をする捲簾に、窓から眼を離した天蓬は煙草を上下させて喋る。

「心頭滅却すれば火もまた涼し。下界の格言です」
「たっくましいねぇ、下界の人間は」

 此処で暮らすだけの者たちは生きることの過酷さなど知らないだろう。生き抜くことに対して執着を覚えたこともあるまい。
 惰性で生を浪費する者ばかりの世界を見ているせいか、そんな言葉を生み出す人間が酷く遠い憧憬のように思える。
 感嘆する捲簾に、天蓬は純然たる世の理を語るように告げた。

「生命力が、違うんですよ」

 漫然と腐り落ちるだけのこの場所とは。









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