新八×神楽・金時×土方/No.1
Ich will ...番外1 我は欲す 「「Trick or Treat」」 高低二重奏で響いた言葉に、平凡な黒髪と非凡な割れ顎という絶妙な取り合わせをした青年は営業日報から顔を上げた。 今日がハロウィンで、先の科白がその行事において欠かすことの出来ない決まり文句であることは分かっている。ここ半月ほどは町の何処を見ても鮮やかなオレンジと黒の彩色で、お化けカボチャや黒い三角帽子やキャンディなどのお菓子のオーナメントで飾り付けられているのだから、知らないほうがおかしいというものだ。それに何よりこういうイベント事が大好きという客は少なくないのだから、ある程度の情報収集は必須なのであった。 しかし、それにしても。 「神楽さ…ちゃんはともかく何で金さんまで」 「えー、何で。俺はダメなのかよ」 「当たり前でしょ」 「ほら。だから云ったじゃない」 新八にお菓子強請っても無駄よ、って。相変わらずスリットの際どい漆黒のチャイナドレス――そのほうが動き易くて良いらしい――に三角のとんがり帽を被った神楽が、勝ち誇ったようにくちびるを綻ばせた。 あー、はいはい。と、ねじくれた金髪をぼりぼりと掻き毟って金時は諦めの溜息をつく。 「まァ、神楽は女だからな」 「それだけじゃないわよ。私は特別だもの。ねェ?」 少女のようににっこりと微笑み、神楽は椅子に座っている新八を見下ろした。否定を許さない気迫が妙にこもったその笑みに、しかし新八も慣れたように笑い返す。 「ちゃんと用意しといたよ。酢昆布とウイスキーボンボン」 「さすが新八! 分かってるわね」 昔ながらの駄菓子屋で買ってきたそれらを綺麗にラッピングした包みを渡すと、神楽は至極自然に新八の頬に口吻けた。定春を抱えたのとは逆の手に大事そうに持たれたそれに、金時はほんの少し羨望をこめて眼を遣る。 「新八ィ、マジに俺にはねェの? チョコ」 「ありませんよ。というか、いつもよりやけにきっちりシャツ着てどうしたんですか」 常であれば面倒くさがっているかのようにふたつみっつだらしなく外された釦が、今日はいちばん上以外留められていることに何とも云えない違和感を感じて新八は僅かに眉を顰めた。 「あー、コレ? ちょっとさァ、今日首ンとこを飼い猫に噛まれちまって。結構痕になってんのよ」 「ネコ、ね……。で? その可愛い子に何したの」 せしめた菓子を異次元的なハンドバックに仕舞った神楽が含意的にすいと眼を細める。それは、飼い猫と称して金時が暗示している人物をしっかり見抜いたからであろう。さらさらした黒の短毛で、目付きが悪く躾のなっていない野良猫のような、れっきとした人間の男だ。 「いや、ちょーっと朝方帰ったときにお決まりの文句云って悪戯してから寝たのは良かったんだけどよ。その後出勤前に起こされたときおんなじこと云われ返されてな。さすがに金サンも寝起きのベッドに菓子なんか置いてないから、悪戯っつって思いっきり噛まれちまったわけですよ。こんな隠しにくい処にね。アイツ俺から大事なお仕事奪いたいのかなァ。あ、もしかして嫉妬とか?」 「金さん、その飼い猫ってまさか…」 「完全に純然たる意趣返しね、ソレは」 嫌な予感に頬を引き攣らせる新八の肩に手を添えて、神楽は呆れたような声音で釘を刺した。反論を端から斬り棄てるようなそれに、むっと金時は拗ねた表情でくちびるを尖らせる。 「分かんねェだろーが、猫の気持ちは」 「分かるわ。だって猫ってそういうものじゃない。七代先まで祟るっていうし」 「だからナニ人間をさらりと物扱いしてんだアンタらァァァァ!!」 思わず叫んだ新八に、二対の微妙に異なる蒼い瞳が向けられた。どちらも、慣れない者は思わずたじろぐほど印象の強い眼差しだ。 「「物じゃなくペットだから」」 どっちでも大差ないという新八の抗議は、当然のごとく聞き入れられなかった。 05.10.31 |