金時×土方/No.2


* 性描写を含みます。苦手な方はご注意ください。 *






 誰にも見せたことのない姿を見せて?






     Ich will ...番外2 我は欲す





「はい、座って」

 伸ばされかけた手が、土方の肌に触れる寸前で止まる。その手を訝しく思いもしたが、微笑む金時の顔が至近距離にあることに居心地の悪さを感じて土方は云われた通り後ろのソファに腰を下ろした。
 息を吸うと、咥えた煙草の苦味が肺までを充たす。土方にとって精神安定剤のようなそれを、金時がくちびるから掠め取っていった。高価な指輪も何もない状態が最も色気がありきれいに見える長い指で煙草を挟み、慣れた動作で口許に運ぶ。一口だけ吸い込んで、しかし金時はすぐにテーブルの上に置いた灰皿へ後ろ手で先端を押し付けて火を消した。
 ふと伏せられた金色の繊細な睫が上向いて、まっすぐに交わった視線に土方はぎくりとする。肌がぞわりと粟立つ、この空気の意味を知っていた。

「好きだよ」

 低く、甘い声。
 土方を閉じ込めるように両手がソファの背に突かれ、ギシ、と軋んだ音を立てる。

「今までに逢った誰よりも、好き」

 ―――チープな科白を。
 そんな風に呆れる冷めた部分をまだ残す思考も、じわりじわりと金時の発する甘すぎる毒にやられていく。
 触れられてもいないのに、体温を感じた。それほどまでに接近した男の躰から、いつもの香水と自分が好む銘柄の煙草のにおいが混ざり合って鼻腔を擽る。それが、シャワーも浴びず抱き合った後の躰からするにおいを同じだと感じてカッと頬に血が上った。
 それと同時に下にも溜まりかける熱を誤魔化すように太腿を擦り合わせると、その僅かな動きを金時に目敏く気付かれる。

「少し、勃ってきちまった?」

 揶揄する声と口角の笑みで、金時が片手をソファから浮かせた。
 すっと下がっていく白い手に、土方は怯んだように眼を瞠って肩を震わせる。戦慄く口唇から、殆ど無意識に制止の言葉が飛び出した。

「ゃ、め……!」
「触ってほしくない?」

 先とは打って変わって労わるような尋ね方に、土方は首を縦に振る。
 下ろされた金時の手は土方の大腿の横に着地して、ソファを軽くへこませて皺を増やした。屈み込む体勢になると、体温は一層近くなる。
 なのにまだ、指先の一点だって触れちゃいない。

「そっか。じゃあ自分でする?」
「は、ぁ?」
「だってどうせだったら我慢するより吐き出してスッキリしたほうがいいだろ?」

 酷く簡単にそう云って、金時は顔を近づけた。そうして齧り付きたくなるような形の良い耳朶にくちびるを寄せ、吐息を触れさせて白々しいほど甘ったるく強請る。

「お前が自分でしてるトコ、見たいな」
「絶対ェ御免だ!」

 眦を朱に染めながらも睨みつけてくる土方の真黒な眸を、印象深く濃いブルーの双眸が覗き込む。弱い爪で出血にも至らない無駄な抵抗をする猫を見るような眼で、優位者の笑みをくちびるに刷く。
 拘束を、されているわけではない。だから金時の肩を押し退けて、立ち上がればいいと土方は思う。しかし、金時に今触れることは何か取り返しの付かない過ちを犯すことのような気がしてならなかった。

「ふぅん。けど、便所には行かせねェよ?」

 逃げ場を塞がれている。その状況を眼前に突きつける言葉を吐かれて、体温の近さを改めて思い知らされる。それだけで息が詰まった。この男の熱が齎す快楽をいやというほど刷り込まれた己の躰がいっそ憎らしく思える。
 眉間に皺を寄せ、奥歯を噛み締める土方の表情に嗜虐心を煽られて金時は舌で己のくちびるを湿らせた。ぬめりを帯びた赤に、土方は視線を縫い付けられる。
 それに気付いて、金時はやさしげな表情をした。少なくとも、表面上は。

「キスしてほしい?」

 是、と答えはしなかったのに、よほど浅ましい顔をしていたのだろうか。仕方ないとでも云う風にクスリと笑んで、金時はくちびるを土方のそれと合わせた。
 唯一触れたそこから、眼の眩むような気持ちよさが背筋を走って腰が震える。は、と呼吸を求めて開いた口の隙間から肉厚な舌が潜り込んできて土方は眼を見開いた。くぐもった声が零れる。行き場のない手を金時の肩に伸ばしかけて途中で止め、ぐっと握り込んだ。角度を変えて何度も、繰り返し口腔を舐られ歯列の裏や舌の表面をなぞられ唾液を飲み下されて、浮かされる熱に意識が霞む。
 押さえ込まれて触れてもいないのに上がり続ける自身の熱がもどかしかった。
 快楽に淀んだ思考で、自慰をすることくらい、何だと思う。
 この躰に、金時の知らぬ処などないし、隅々まで触れられて、もっと死にたくなるほどの羞恥を感じる体勢や言葉を強要されたこともある。だから、今更それくらいのことに何を途惑っているんだと思った。燻る熱に焦らされ、理性が熔かされた後に残る本能が土方の手を操る。土方はソファの合皮をきつく握り締めていた手をゆるゆると持ち上げた。震える指が歯痒い。深い口吻けを受けながらジーンズのホックを外してジッパーを下ろし、下着の隙間から自身を取り出した。

「んんッ、っ―――!」

 先端を握り締めた途端、駆け抜ける快感に舌先から爪先まで痺れる。
 欲していた直接的な刺激を一度施すと、手は止まらなかった。裏筋をなぞり、先端を強く指の腹で摩擦する。滲み出るものを絡めて根元まで扱き、また突端に戻る。声を押し殺してくちびるを噛み、息苦しさに薄く開いて喘ぐ。金時の眼を見れなくて下ろした瞼を震わせ、土方は手淫に耽った。
 己の荒い呼吸音と、掻き回すような水音が鼓膜から興奮を煽る。速度を増していく手の動きを制御できないままに、土方は口吻けを解き涙に霞む眼を薄く開いて途切れ途切れに目の前の男を呼んだ。

「ッ、はっ―――ぁ、金、パ……」
「はいはい。なぁに?」

 甘やかすような口調で喋る金時の声も、ほんの少し掠れている。
 しかしそれに気付く余裕など土方にある筈もなく、整わない呼吸で必死に言葉を紡いだ。

「拭、くもん……寄越せッ」
「えー、ヨゴれてもいいじゃん。すぐ風呂入れんだし」
「よ、くねェよッ―――! はや、っく」
「んー……じゃあ、貸してあげる。俺の手」
「ッ、やめろっ……!」

 土方の制止には耳を貸さず、金時は片手で土方の性器の先端を包み込むと括れを指先で刺激する。そうして息を乱し溢れた声を耳元で聞いて、愉悦を満面に浮かべて微笑んだ。
 一気に絶頂まで追い遣るように手を速めながら、喉を震わせて笑う。

「愉しいから嫌」

 ぐっと全身を強張らせ、土方は金時の手の中で達した。
 次いで弛緩した躰がソファに沈む。萎えたものから離した手を目の前で開くと、白濁とした液に汚れていた。手のひらで受け止めた精液を、金時はぺろりと舌で舐めとる。まずっ、と小さく呟いたが、その表情は愉快で堪らないという笑みのままだった。
 わざとこちらに見せ付けるような仕草と向けられる流し目に、土方の脳を冒す熱がまた上がる。

「まだヘバんなよ? これからが、本番だから」

 隠し切れない情欲を湛えた熱っぽい蒼の双眸を細め、金時は艶然として土方に覆い被さった。






07.02.16




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