さァさァどうぞ、と引き戸を開いて中を示す銀時に土方は蹴りをくれてやりたかった。しかしそれをひょいと躱されたりもすれば今以上に腹が立ちそうなので彫像のように微塵も仏頂面を崩さず、渋々と敷居を跨ぐ。 『万事屋銀ちゃん』 さっき2階にあるこの家を見上げたとき、何よりも強く存在を主張していた看板を思い出し、眉間の皺を深めた。あのふざけっぷりは家主にまさしくピッタリで、だからこそ余計ムカツいてならない。 家の中は無人だった。風が遮られる分マシというくらいで、外気温と殆ど変わらぬほど寒い。ふるりと身震いして土方は己の腕をさすった。 何でこんなことに。 土方は怒りを通り越してウンザリしてきていた。 自室で、銀時に押し倒され着物を剥かれかけたときに怒号を上げたら、近藤たちが駆けつけて来てくれたまでは良かった。だがどういうわけか近藤に取っ組み合いの喧嘩だと勘違いされ、ふたりでちゃんと話をして分かり合ってこいと屯所を追い出されたのだ。有無を云わせず、門の外に押し出されたといってもイイ。土方と同じ目に遭いながら銀時はニヤニヤしてたが、そんなものは無視だ。草履は何とか履けたものの上着を羽織ることもできなかったから、粉雪の舞う外は寒くて堪らなかった。 けれど、どのツラを下げて門を叩けばいいのか分からず、そんな直ぐに入れてもらえそうにないという気もして、――不本意ながら銀時にがっしりと手を掴まれていたので、それが存外にあたたかかったので、仕方なく銀時の塒に一時避難することにしたのだ。 なのに家も寒ィんじゃねぇか。ていうか何で誰もいねーんだ。 厭な予感を覚えながら土方は呟いた。 「…チャイナ娘と眼鏡のヤツは」 「………今頃前衛的で破滅的な伊達巻き喰ってくたばってんじゃねぇかな」 「は?」 振り向いて見ると、電灯のスイッチを入れた銀時が途方もなく遠くを望む眼をしていた。いつも以上に生気の抜けた、哀愁すら漂う雰囲気が深く追及することを拒んでいる。 銀時はそもそも志村家で行われる恐怖の新年会からとんずらして屯所に逃げ込んだのだった。脳裏にうっかり覗き見てしまった重箱の惨状、卵の成れの果てが思い浮かぶ。頼むから忘れさせてくれ。厠に行くと云って命からがら逃げ出したんだから。 そんなことを知る由もない土方の不信感に充ちた視線から逃れるように言葉を濁しつつ、銀時は玄関の錠を下ろした。カシン、と鍵というには軽い音が鳴る。 それからソファのド真ん中に腰を落ち着けた――隣に人を座らせる気のない――土方の横に素知らぬ顔で座った。その密着するような近さに土方は厭そうに顔を顰める。銀時が何か喋ろうとするので耳を塞ごうかと思ったが、ソファに下ろした片手を上から押さえつけられていて出来なかった。 「そんなことよりよォ。なぁ、やろうぜ」 ひめはじめ。 と、耳の近くで聞かされた単語が脳内で意味を為す。 土方は横を向いて銀時と正面で向き合った。真一文字に引き結んでいた口をゆっくり開く。 「ぜってー、イ・ヤ・だ」 そう云って極低温の半眼で睨め付ける。が、悔しいことにいつでものらりくらりとしている男には効果がないようだった。断固として拒否する土方の凶暴な眼付きにも怯まないで、えー、と不平の声を洩らす。糠に釘、そんな言葉が土方の脳裏を過ぎった。だからどうしようもなくバカバカしくなってしまって、溜息を吐いて視線をテレビに転じる。 恐らく銀時がスイッチを入れたのだろうテレビでは正月特番をやっていたが、再放送ドラマフリークの土方には面白いものではなかった。というか、テーブルの上に唯一あるリモコンがどういうわけかこの部屋の中には見当たらないビデオデッキのものらしく、テレビのチャンネルを変えることができない。テレビの前まで行って手動でチャンネル操作するほど興味ももてなかったので、諦めて煙草でも吸うことにする。 しかしライターのオイルが切れていて、擦っても擦っても火花が散るだけだった。盛大に舌打ちして袂にライターを戻し、土方は火の点けれない煙草を所在無く咥えたまま上下に揺らした。 「オイ、何か火ィ点けるもんねェか?」 「台所になら」 「…ガスレンジか」 「よくお分かりで」 察しがいいねェ、多串くんは。 そう云って銀時はいやらしく笑う。ひとの神経を逆撫でする為に拵えたものとしか思えない表情だ。ついでに今まで何度も訂正を促している通り、自分は多串ではない。土方は今自分の手元に刀がないことを心の底から悔やんだ。 このまま此処にいても暇なのだし、銀時と顔を突き合わせているのは腹が立つだけだし、防寒具を借りて使い棄てライターでも買いに行こうと思い立つ。そこで土方は立ち上がろうとしたのだが中途半端に腰を浮かせたところで着物の袖を引かれ、危うく引っ繰り返りそうになった。慌ててソファの背凭れを掴む。かろうじて持ち堪え、転倒を避けた土方は声を荒げた。 「何しやがるコラ!」 「急に立ち上がって何処行くつもり?」 「あン? ライター買いに行くんだよ」 「何で。コンロでイイじゃん」 「吸う度にいちいち行くの面倒だろ」 眉をひそめて云い返すと、袖を引っ張られる力が増す。それにずっと抵抗し続けているのがとんでもなく下らなく思えてきた土方はソファに逆戻りした。そのときさり気無く空けた隙間を、すりと銀時が詰めてくる。 「な、煙草なんか吸う気にならねぇほど熱中できることしねェ?」 「…安っぽい」 はぁ、と銀時を見下しての嘆息すら零しそうな云い草だった。 頬杖を突いて尊大な顔をする土方のくちびるから火のない煙草を攫い、銀時は口を尖らせる。 「うるせーな。どうせ生まれてこの方モテたこともねぇ人間の誘い文句だよ。悪いかコノヤロー」 「そりゃ、お気の毒サマ」 さも莫迦にした風に笑う口を銀時は塞いだ。 手探りで頬に触れられる。その冷たさに銀時は思わず震えた。 「…お前、手ェ冷た過ぎ」 ナカはこんなに熱いのに、なんて無粋なことは云わないが。雪のような指先を押し当てられた皮膚は縮こまるような心地がする。 冷たいなァ、多串くんは。 そうだとしたら、もしかすると彼の心はあたたかいのだろうか。詮無いことを考え、くちびるの片端を斜めに歪めた。土方の胸の突起を弄っていた手で冷たい手のひらを捕らえ、その指先に口吻ける。 このまま食べて口の中で舐り尽くして、そうやってあたためてやろうかとも思った。だが以前にベトベトすると文句を云われ、挙句銀時の一張羅で手を拭われた経験があるのでヤメておく。あれは地味にショックだった。思い出されるのはそのときの心底嫌がる土方の鋭い眼だ。 いつも一等リアルに印象的に記憶へと刻み込まれるのは彼の双眸だった。大抵瞳孔が開いていて、ギラギラと血に餓えたような色をしている。それなのに酷くやさしげで穏やかな光を湛えることもできるのだから驚きだ。その豹変振り。不屈であろうとする強さ。見ていると愉しくてクセになる。あの真正面からひとを射抜く眸に、ハマったのだ。 だけど今、土方は眼を瞑っていた。銀時にカタチだけは恭しくキスを施された氷の手が宙を揺蕩うように動く。剣ダコがあってもすんなりとした指が銀時の銀糸の髪に絡まったかと思うと、低い体温には似合わぬ情熱的な仕草で頭を引き寄せられた。噛み付くようにくちびるを重ねられる。勿体つけて舌先を擽ってくるのに銀時は応えた。 土方はキスが好きだ。その分、巧い。悔しいことにキスひとつの誘いにアッサリ陥落したことはあれど銀時が土方に腰を砕けさせたためしはなかった。 しかしそれは別に悪いことではなく、長く深いキスの最中に首筋や胸や性器を愛撫してやると酷く感度がイイ。息継ぎの合間に快楽の吐息を洩らした土方が躰を跳ねさせた。 「………は、ぁっ…ん……ッふ―――ンン!」 「ッ!? イッテェ……フツウくちびる噛む?」 「俺の、噛みやすいイ、チにあるほうが…っ、悪いんだよ」 ―――何だというのだ。 喘ぎながらもしっかり云い返す土方の、涙に濡れて心持ち重たげな睫毛はキレイに生え揃い、今は下を向いていた。血管の透けて見えそうな薄い瞼が眼球を覆っている。 尻の隙間から土方のやわい体内に潜り込ませた指を銀時はゆるゆると動かした。眉根をギュッと寄せて土方が低く唸る。銀時は指を締め付ける力を抜かせようと勃ちかけている中心を扱き、耳殻を舐めて歯を立てて性感を刺激してやった。すると肩にかかる熱い吐息の不意打ちにゾクリとして理性が吹っ飛びかける。持ち堪えろ俺のムスコ、と銀時は自分に念じつつ丁寧に丹念に按配を確かめて、緩んだ後孔を解す指を増やした。 幾度となく口吻けあったくちびるが、涙を溜め込んで流さない眦が艶めかしい紅に色付いている。銀時の指を咥え込んでいるそこも同じようにとろりと熟れた色をしているのだろう。 ―――だーかーらー、何だってんだよ! 銀時は声に出して云いそうになるのを何とか耐えた。耳朶を甘く食んだくちびるを土方の瞑っている瞼に押し付ける。さっきからずっと、そこは閉ざされたままだった。いつからかは分からない。唯気づいたら土方は眼を閉じて銀時を見なくなっていた。たったそれだけのことと云ってしまえばそうなのだが、ジリジリと燻るような感情が銀時を焦らせる。 何故眼を開けないのか。銀時を見ないのか。 秘所を探っていた指を引き抜き、猛った自身を宛がう。その熱い感触に貫かれることを覚悟した土方が銀時の背に爪を立てた。 「挿れっからな」 「あッ! ひ……ィア、っ…ン、あぁ!!」 蕩けた内部を奥まで突く。一気に全部収めきられる衝撃に、上擦った声を上げて土方は銀時の肩口に額を押し付けた。 掠れた嬌声のような息を吐く土方の頭をあやすように撫でて、少し落ち着いたところで腰を動かしはじめる。黒い髪に首筋を擽られ、背に疵を刻まれ、快楽の興奮が容易く理性を凌駕しそうなことに銀時は気づいていた。動きが激しくなる。粘着質な水音が耳にこびり付く。声を噛み殺す土方のくちびるを吸うと、くぐもった喘ぎが口腔で谺した。 足を絡ませ、腰を擦り付け、敏感な肌を撫で上げて互いに相手の快感を高めようと躍起になる。いつもの、貪り合うような交わりだ。 年が変わったって別に何も進歩しちゃいない。斬新な想いの丈のぶつけ方を思いつくわけでもない。 荒い獣じみた息遣い。伝い落ちる汗。濡れた音。濡れた声。固く閉ざされた瞼がピクと痙攣するが、眸が銀時を捉えることはない。 ―――ホントにマジで何なの。何かのプレイ? 銀サンいぢめ?! いい加減焦燥が募ってきた。どうしてそうも頑なに徹底して銀時を視界から締め出すのだ。まるで現状から逃避するように。不快に耐えるように。その塞いだ瞼の裏に何を見ている。 土方を追い詰める速度を上げながら、どうしようもなく焦った。乱れた呼吸で喘ぎ、小さく呻く。鼻先から落ちた汗が土方の躰の上を滑った。一度ぐっと奥歯を噛み締めて、開いた口から勝手に言葉は零れる。 「眼ェ開けろって、――土方…!」 掠れた声が懇願の響きを帯びているのを自覚して銀時は、やられた、と思った。 雨の日の朝、天パの暴発っぷりを恐る恐る鏡で確認するような気持ちで、組み敷いた土方を見下ろす。土方はすっとあまりに呆気なく開けた眼を細め、くちびるに勝ち誇った笑みを刻んでいた。 「やっと名前呼びやがったな」 咄嗟に云い返す言葉が思いつかなかった。 パクパクと金魚のように口を戦慄かせる銀時を見て土方は、アホ面と云い放つ。それで我に返ったように土方と眼を合わせると、改めて不敵な笑みを見せつけられるものだから銀時はとてつもなく悔しくなった。 「ズッ…リィ!! 狡いって、なぁオイ! お前も俺の名前呼べよっ」 「なんで」 「何か不平等だから公平に!」 「だったら、オメーも呼ばせてみろや」 「ぐあァーッ、憎たらしい!」 珍しく銀時のほうがペースを崩されて、唯でさえ飛び散らかった銀髪を掻き乱す。しかしすぐさま立ち直って可愛くないヤツにはお仕置きとばかりに、乱暴とさえいえる強さで律動を再開した。完全に虚を衝かれた土方の口から淫らに声が溢れる。 「っ、あ…ぁ、あ、ァン……! 卑きょ、うだぞってめェ!」 「何とでもー。…ッう、締め付けんな、って!」 収縮する内壁を突き破るように激しく掻き回すと、同じだけ無遠慮に頭を掻き抱かれてくちびるを奪われた。津波のように押し寄せる、眼も眩む快楽に思考は加速度的に鈍っていく。 荒い獣じみた息遣い。伝い落ちる汗。濡れた音。濡れた声。水の膜張る漆黒の眸が、銀時だけを映す。 眦を細めて笑ったのはきっとふたりとも。 (…そういや神楽と新八、いつ頃帰ってくんだ……?) それも総ては極上の霞に呑まれてゆく。 …ええと、まぁセックスでネコだけど翻弄する土方さんが書きたかっただけです。うっかりしたことに何処でコトに及んでいるのか分かりません。居間のソファだったら本格的に危険なんだけど、あの状況で和室に移動して布団を敷いたとも思えない…気も……。………まぁイイや。(逃げた!) ここまでお読みいただき有り難うございましたv 2005.Jan. |