トレイに乗せて運んできたウーロン茶と生中を銀時は乱暴にテーブルへ置いた。
 そこそこに賑わっている居酒屋の店内で、ガン、と些か大きな音を立ててもその席に座っている二人連れの客は文句を云わない。それどころか、客の片方はニヤニヤと笑っている始末だ。
 唯、もうひとりは己の前に置かれたウーロン茶にその端正な顔をしかめた。シンプルなフレームの眼鏡の下で眇められた切れ長の眸が、この居酒屋の制服に身を包んだ銀時をきつい視線で見上げる。

「オイ、俺も生中って頼んだ筈だが?」
「先生は駄目。酒入るといつも以上に軽くなるから」
「何が」
「…………」

 尻が、と云えるわけもなく銀時は黙り込んだ。
 そこへ嫌な笑みを浮かべていた客――高杉が眼帯に覆われていないほうの眼をさも愉快げに歪めたまま口を挟んでくる。

「なァ銀時。お前卒業したクセにまだコイツのこと先生って呼んでんの?」
「だって先生はずっと俺の先生だし……ってか何でコイツとか呼んでんだよお前!」
「あー? だって今じゃメル友だし? なァ?」

 最後の一言は正面に座った『先生』――土方に向けて、教え子で銀時の元クラスメイトである高杉は目配せする。
 渋々ウーロン茶に口を付けた土方は、さして話題に興味なさげな様子で答えた。

「まぁ別に。煩く云うほどのことでもねェからな」
「そんな、せんせ」
「客に絡んでねェで働きな銀時!」
「っ、クソ…! いいか、先生にだけは絶対手ェ出すなよ高杉!」

 厨房から飛んできた店長の叱責に、銀時は悔しそうに高杉を睨み付けて仕事に戻っていった。
 遠目に見ても不機嫌だと分かるオーラを撒き散らしている銀時の背中を見遣り、土方は溜息のように深く吐息する。

「面白ェもんが見れるっつーから何かと思えば…」
「サイッコーに面白ェだろ?」
「面白ェっつか……」

 銀時がこうして働いてる姿なんて、見るのはじめてだなと思った。普段ガキだガキだとばかり思っていたがこうして見ると、全くそういう感じがしない。
 狭い通路を慣れた様子で動き回って空のグラスや皿を片付け、他のテーブルに料理を運んでいる銀時を見ながら土方は煙草を咥えて呟いた。

「新鮮だな」
「お、惚れ直したとか云うわけ?」

 椅子に踏ん反り返って座っていた高杉が身を乗り出し、土方の煙草を掠め取ると意地悪げにニタリと笑う。
 それをすぐさま取り戻して土方は口の端を微かに吊り上げた。

「いや……やっぱ面白ェよ」





 やたら愉しげに会話している土方と高杉に、銀時は気が気でなかった。
 昔からの腐れ縁で高杉の手の早さは知っている。美人で具合が良さそうであれば男女は問わないのだ。そして銀時の嫌がることを率先して行動に移す性格の悪さである。
 そこに土方の貞操観念のなさも加われば、不安になるなというほうが無理だった。何しろ好きという感情がなければセックスしても浮気じゃないと云い張るのだ、土方という男は。
 おかげで銀時は危険な芽を見つけてはそれがどれだけ小さかろうとも尽く潰していかなければならなくなっている。はっきり云って必死だ。
 今日のバイトがキッチンではなくホールで良かったと心底思うが、何であんな厨房から遠い席に案内したんだとバイト仲間を恨まずにはいられなかった。心配で不安でたまらなくて、思わず厨房からすぐの席に料理を運ぶだけでもわざわざ遠回りして土方と高杉の席の横を通ってしまうほどだ。できることならずっとそこにいて話を立ち聞きしてやりたい。
 ―――ていうか早く帰れ。先生は俺がバイト終わるまで待ってていいから高杉は帰れ。

「銀時! これ2番テーブルだよ」
「へいへい」

 2番テーブルといえばあのふたりが座っている席だ。そう気付いた銀時はサラダをトレイに乗せると足早にそちらへ向かった。そして飲み物のときと同じように、やはり乱暴な手付きで料理を置く。だって気に入らないのだから仕方ない。
 ―――本当、もう早く帰れ。先生残して帰れ高杉。先生は俺のなの。先生をいちばん好きなのも愛してるのも俺なの。だからデートとかやめてくださらない!? とっとと帰れコノヤロー!


「ごゆっくり帰れ!」


 ごゆっくりどうぞ、という決まりきった言葉につい本音が混じった。
 その科白に高杉が大声で笑い転げる。

「客に何て口利いてんだい、銀時!!!」

 そして銀時は店長に叱られた。





     その後の話。

07.02.10




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