煌々と輝く月と、旅路の目印となる一等星が満天の星の中でも霞むことなく清んだ夜空を彩っていた。 夜の風は冷たく砂を運び、一瞬ごとに地形を変えていく。一刻とて同じ景色は存在しない、それが砂漠であった。 オアシスから遠く離れ、ただただ広大な砂の大地の端にある岩場の影でささやかに炎が揺らめいている。その不規則な炎が岩にふたりの人間を投影していた。ひとりは片膝を立てて座し、もうひとりは立ち姿である。 立っている男はすらりとした肢体を、座した男の奏でる音楽に合わせ躍らせていた。乾いた砂を巻き上げぬ軽やかさで地を蹴り、羽織った着物の裾を翻して舞う。シャンと音を立てて指先が宙を泳いだ。その動きは緩やかで澱みない。 その場に観客はいなかった。キャラバンさえもいない砂漠の夜は静かで、爪弾かれる楽器の音色と踊り手の装身具が響かせる音のみが辺りを充たしている。 しかしそれまでゆったりと流れていたリズムが、突如不協和音交じりの歪な音楽に変わった。 不規則なテンポに動きを乱され、足を止めた踊り手――土方が奏者に振り返る。優美に舞っていたその手の先にあるのは、月光を鋭く弾く銀色の刀身だ。緩い曲線を描く片刃のそれを振り上げ、ニヤリと意地悪げに笑んだ銀髪の奏者に向かって思い切り投げつけた。 刀は楽器を抱えるように持った男の頬を掠り、ざっくりと砂に突き刺さる。 土方は低く唸るように凄んだ。 「てめェ…」 「いやいや上達したな、お前。前は音変わっても気付かねェで翻弄されるだけだったってのに」 「何度もハメられりゃいい加減分からァ。俺で遊ぶんじゃねーよ」 「えー。だって唯弾いてんのもつまんねぇじゃん。後、この踊り子は凶暴なんだよってアピール」 「はぁ?」 布を敷いた地面に腰を下ろした銀髪の男――銀時の科白に、踊り手は訝しげな声を上げる。銀時は、地面に突き刺さった刀を拾う為隣を通り過ぎていく土方に眼もくれず前方を見据えたまま枯れ枝を炎に投げ込んだ。その口から吐き出される声音は、相変わらず間延びしたものである。 「お触りしたらこわーいことになるよって、予め客に見せとかないと駄目だろうと思ってよ」 「誰にアピんだよ。客なんざいねェじゃ…」 引き抜いた刀を軽く振るった土方は途中で言葉を途切れさせると、鋭く眦を眇めた。刀を握り直し、銀時の眼の先に視線を合わせる。 一見して盗賊と分かる男たちが、ぞろぞろとこちらに近付いて来ていた。各々手にしている無骨な武器が月の光を鈍く弾き返している。 濁りくすんだその刃と同じ眼をした盗賊を一瞥し、土方は肩に羽織っていた白い単衣を脱ぎ棄てた。 奴らの目的など分かりきっている。旅人やキャラバンを襲撃し、金品を強奪していく賊がこの辺りにはよく出没すると前の町で耳にしていたこともあるし、どう見ても友好的とは思えぬ雰囲気からもそれは明確であった。 腕の中の楽器をいつの間にか木刀に持ち替えていた銀時が、常と変わらぬ悠然とした態度で腰を上げる。そしてトントンと木刀で己の肩を慣らすように叩き、口を開いた。 「ほーら、来たぜ。俺らの、」 ニヤリと性悪な笑みに口端を吊り上げ、緊迫した空気の中をよく通る低い声で云い放つ。 「獲物が」 「獲物!!?」 思いも寄らない科白に驚いたのは盗賊である。 土方は無表情のまま眉ひとつ動かさず、ひゅ、と軽く刀を振るった。その軌跡は舞のときのそれではない。無造作に、確実に、対峙したものを退ける為の刀捌きだ。 戦意を滲ませ、無言で足を踏み出す土方に本来襲う側である筈の盗賊が怯む。その恐れを嘲うように銀時は眦を細め、言葉を重ねた。 「いやー、町までまだ距離あんのに金もねェし食料は昨日切れるし水は明日分までしかなくて困ってたんだよ。だから助かったわ」 ―――てことで食料と水と金目のモンね。 どちらが盗賊なんだか分からない科白を吐いて要求物品を指折り数え、上げ連ねる。 大人しく差し出せば命だけは助けてやるなどと、云ってやるつもりは更々なかった。総ては悪運と、真剣を振るう黒髪の男の気分次第だ。 「つっても凶暴だからなァ、ウチの踊り子は」 次々と賊を薙ぎ倒していく土方の後に続きながら、銀時は諦めたように呟いた。 |
ギャグですよ。 |
そして嘘なんです。 何か最早作らないといけないかのような義務感に捕らわれている嘘本文サンプル、今回は砂漠の旅人編です。(笑) 下書き段階で眼を瞑ってた表紙の銀ちゃんが、楽器を弾いて悦に入ってるひとに見えるよってことでこうなりました。副長が踊り子なのはてんさん案です。トシが踊るって時点でギャグだよね、と云っていたのですが、書いてみたら予想をはるかに超えてギャグでした。想像して笑っていただけたら本望です。 さて、それでは本当の本文サンプルは以下になります。新窓開きます。 【本文サンプル】 真緋 (てん個人誌/漫画) 深緋 (羽月個人誌/小説) 【イラスト・てん/文責・羽月】 |