何故、自分はこんな処にいるのだろうかと、十四郎は居心地の悪さをひしひしと感じていた。
 周囲にいる人間がみんな自分を見ている気がする。そしてそれは恐らく、気のせいではない。
 だって、目立たないわけがないのだ。
 机も椅子も備え付けのロッカーも、何もかもが自分が過ごしていた頃よりも圧倒的に低く小さくなったように感じられる部屋の後方にずらりと並んだ大人は、その殆どが女性だった。その中にひとりだけスーツ姿の男が交じっていれば、視線を集めてしまうのも当然のことだった。
 感じる視線を極力気に留めないようにしながら見遣った教室は、黒板やボードに貼られた手作りの掃除当番表や時間割が懐かしい。その黒板に向かって、十四郎の腰にも満たぬ身長の子どもたちが行儀良く何処か緊張した姿勢で席についていた。
 小学校の授業参観である。
 この行事に、十四郎は父兄として参加する羽目になっていた。まさかまだ結婚もしていない自分が、もうこんな処に立つとは思わなかったと十四郎は眩暈さえ起こしそうな気分に陥る。
 それもこれも、今年小学校に入学したばかりの異母兄弟である銀時が駄々を捏ねまくったせいであった。
 ―――兄ちゃんが来てくれなきゃヤだ。来てくれるって約束してくんなきゃ学校行かないし家出する!
 赤子の頃から死んだ魚のように濁っていた眼を、こんなときばかりは僅かに潤ませて叫びながら足に抱きついてくる弟の細い腕を振り解けるほど、十四郎は冷酷ではない。
 兄への懐きっぷりが些か尋常ではない弟の、自分とは似ても似つかないくるくると飛び跳ねた銀糸の天パを撫でてやって十四郎は仕方なしに参観日のスケジュールを空けた。有給をとった今日の間に溜まっているであろう仕事をどうやって残業せずに――帰りが遅くなると弟が拗ねて大変なのだ――片付けようか思案しながら、黒髪ばかりの小さな後頭部が並ぶ中で酷く目立つ弟の銀色の頭に視線をやる。
 今日は宿題で書いた作文をみんなの前で発表する授業らしい。
 いつも母に云われなければ宿題に取り掛からない弟が、珍しく一生懸命まだ書き慣れない文字を綴っていたのを思い出しながら十四郎は弟の順番がくるのを待っていた。
 将来の夢というテーマに、幼い生徒たちはサッカー選手や可愛いお嫁さんになるといったような希望に溢れた作文を読み上げている。
 そして、銀時の番が回ってきた。
 名前を呼ばれて立ち上がった銀時は、ちらっと後ろに立っている十四郎を見てから紙を目の前に掲げて作文を読みはじめる。


『ぼくのしょうらいのゆめは、うみのそばにたてたおうちに、にいちゃんとくらすことです。
 広いにわのある一けんやで白い犬もかって、ふたりっきりでしあわせにくらします。にいちゃんがはたらかなくてもいいように、ぼくは一りゅうきぎょうにしゅーしょくして、いっぱいお金をかせぎます。にいちゃんはずっとおうちにいたらいいとおもいます。りそうはかんきんです。』


 十四郎は、ピシリと固まった。
 呼吸が詰まり、嫌な汗がたらりと流れる。

 ―――かんきん? カンキン? 換金? か……監、禁?

 十四郎が弟の口から放たれた理解しがたい単語を必死に呑み込もうとしている間も、銀時はスラスラと作文――明るい家族計画ならぬ犯罪計画――を朗読する。

 六歳児が「めくるめくあいよくのひびをすごしたいです」という言葉を発したのを最後に、十四郎の意識は途切れた。





07.10.25




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