寝返りを打とうとして動かない足に気付き、十四郎は眼を覚ました。
 部屋は暗く、カーテンも真黒に見える。故にその向こうも恐らくまだ暗い夜であろう。起床時刻としては明らかに早い。
 視界が暗順応するのを待ちながら、十四郎は嫌な鼓動を刻む心臓をどうにか宥めようとしていた。
 こんな時間に、足が重くて動かないなど冗談ではない。
 金縛りってのは筋肉が疲れているせいであって、など科学的根拠による動かない足の説明を自分に云い聞かせていた十四郎は、次の瞬間叫びそうになるのをすんでで堪えた。何だか盛り上がっているように見えなくもなかった布団の足許の山が、もぞ、と動いた気がしたのである。そんな光景を眼にして、叫ばなかった自分を褒めてやりたい。

 ―――いや、いやいやいやいや気のせいだって!

 褒めてやれるだけの精神的余裕は何処にもなかったけれど。
 爆発寸前の胸を掴む手を、恐る恐る布団に下ろしてその端を握り締める。恐怖の元は一刻も早く取り除かねばならなかった。確認、すればいいのだ。不自然に山ができているように見えるのは気のせいであって、この下には自分の足以外何もないのだと。ぐ、と十四郎は手に力を込めた。確認は一瞬でいい。ゆっくりと、覗き込むほうが恐怖は煽られるから。もし眼を凝らしたその闇の中に何ものかを見つけたりなどしたらと思うと、手が竦みそうになるから。
 躊躇して良いことなどない。意を決し、十四郎は掛け布団を思い切りばっと捲り上げた。白いカバーを掛けた布団が暗い闇にぶわりと舞う。
 果たしてその下にあったのは、白いシーツに伸びる己の足だけであった。
 落ちる布団はすぐにまた下半身を覆う。何もなかったことに心から安堵して、十四郎は深く吐息した。さっきのは気のせいだ。そう断じて布団にもぐり込み直す。
 思いきり舞い上がらせた掛け布団の裏側に、幼い弟がびたりと張り付いていたことを兄は知る由もなかった。





 枕許で甲高い音を響かせる目覚まし時計を止めようとして、十四郎は自分の足が上手くシーツを蹴らないことに気がついた。夜中に目覚めたときから状況が変わっていないことに、少しうんざりする。
 取り敢えず攣りそうなほど腕を伸ばして目覚まし時計の音を止めた。こんなことなら少し遠めに置いたりしなければ良かったと思いながら、仰向けの状態から寝返りを打ち掛ける。しかし、そこで感じる無視しようのない違和感に動きを止めた。やはりまだ足の自由が効かない。それも痺れているとかではなくきちんと感覚があるのにだ。足首から先を一纏めに縛られたかのような不自由さであった。おまけにどういうわけか胸が苦しい。
 睡魔に翳む眼をこすって開き、そうして十四郎は不自然な胸の膨らみに驚愕した。

 ―――何だ、これ。

 その酷くシンプルな疑問を解決する為に十四郎は掛け布団をまくり上げた。もう朝なのだから、幽霊も何もないだろうと強気である。

「…………銀時?」

 そして十四郎は眼を瞬かせた。
 布団の中、自分の胸の上で、年の離れたまだ小さな弟がしがみつくようにして眠っていたのである。思わず十四郎は部屋を見回した。しかし、昨晩と何ら変わらぬ様子で室内はしんとしている。ここは十四郎のひとり部屋だ。銀時の部屋は隣に別にある。ならば何故こんな処にいるのだろうか。
 夜中、トイレに起きた帰りに寝ぼけて入ってきたのだろうかと思いかけ、しかし銀時はそういうとき必ず十四郎に付いて来てほしいと起こしにくることを思い出して否定する。疑問解決の糸口が全く掴めない間に、布団をまくられた寒さに銀時が身震いして眼を覚ました。
 そして、十四郎の顔を見詰めると満足げに笑う。

「しゃんたしゃんが、くりしゅましゅぷれれんとくれたの」

 嬉しくて堪らないといった風な言葉に、十四郎は首をかしげた。
 そういえば今日は十二月二十五日でクリスマスであるが、もう成人している十四郎の部屋にはサンタからのプレゼントなどという夢の溢れる代物はない。そもそも銀時の部屋と違って枕許に大きな靴下を吊るしてもいない。クリスマスムードのひとつもない殺風景な部屋だ。子ども向けのカラフルなラッピングが施された箱も、当然のことながら置いてない。

「銀時、プレゼントは自分の部屋だろ。何でこっちにいんだよ」
「んーん。ここにあるのぷれれんと」

 半分眠ったようなまなこで、しかししっかりと首を振る銀時に疑問は深まるばかりだ。この部屋の何処かに隠しでもしたのだろうかと――そうする理由はひとつもないが――、一先ず自分に馬乗りになったまま降りない銀時を脇に下ろして起き上がる。そして相も変わらず動きが制限されている足を覆っている布団を退かした。そこには、一本の足がある。

 ―――………………俺、人魚?

 寝起きの余り上手く働かない思考で現状を捉え、真先に思い浮かんだのはそんな的外れな言葉だった。
 二本ある筈の十四郎の足が今は真赤な靴下に両方纏めて突っ込まれていて、ぱっと見ではまるで足が一本しかないように見える。その様子は人魚か、さもなくば一本足の傘お化けだ。取り敢えず、普通の状態ではない。両方にそれぞれ靴下を履いているなら兎も角、これでは歩くこともままならないのだから。
 記憶が確かならば――それでなくても普通に考えて――、寝る前はこんなことにはなっていなかった筈である。夢遊病の気もない。なのに何故こんな状況になっているのか。
 何故、ほわほわした飾りつきのデカイ赤靴下に両足纏めて突っ込まれているのか。
 十四郎が額を手で押さえて悩んでいると、パジャマの裾がくいくいと引かれた。そちらを見遣れば、ベッドから下ろした銀時が十四郎を見上げてくる。
 今までに見たことがないくらい、爽やかとも朗らかとも形容しがたいのにとてつもなくステキな笑顔で。
 金縛り……もとい、極度の筋肉疲労によって夜中に眼が覚めたとき以上の速度で血の気が引いていくのを十四郎は感じた。


「ぷれれんとは、にーちゃ」


 語尾にハートマークでも付けてそうな嬉々とした銀時の声音に、どうすればその言葉を撤回してくれるだろうかと十四郎は頭を抱える。
 同時に、こんなプレゼントを用意しやがったのは誰だ、と奥歯を噛み締めた。





07.12.23




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