プレゼント用の靴下は、取り敢えず脱いだ。
 所有権を主張して足許に纏わりつく弟をくっ付けたまま着替えを済ませ、階下の居間に向かう。居間では、冬休みに突入した子供たちと違って今日も元気に出勤しなければならない父が朝食を摂っているところだった。
 父は、十四郎の足にへばりついている銀時を見て微笑ましげに眼を細める。

「プレゼントは気に入ってくれたか、銀時」
「うん!」
「……!?」

 期待を込めているのがありありと分かる声音で父が銀時に尋ねるのを聞き、十四郎は眼を瞠った。まさかとは思ったが、こんな冗談としか云えないのにシャレで済まなさそうなプレゼントを用意したのは父だったのかと驚愕する。
 そして、なんてことをしてくれたんだと父を殺人光線に近い眼光で睨め付けた。

「そうかそうか。それは良かった!」

 豪放磊落に笑い、父は銀時の銀髪天パをぐしゃぐしゃと撫でる。いつもだったら確実にその手をはたき落とす銀時も、今日ばかりは機嫌が最高潮に達しているせいか撫でられるがままだ。
 幼い息子の頭を一頻り撫で終えた父は、そこで大きいほうの息子がこちらを恨めしげに睨んできていることに気付いた。十四郎の珍しい雰囲気に、何故そんなに怒っているのだろうかと考えてピンと閃く。それから、うんうんとひとり勝手に納得したように頷いた。睨まれているというのにその顔はとても嬉しそうだ。
 何しろ、兄の十四郎は昔から大人びていて我が儘を云うこともなかったので父としては少し寂しい思いを抱いていたりしたのだ。それが、ここにきてはじめて父に甘えるような素振りを見せてくれたとあっては嬉しくないわけがない。
 ずばり、十四郎は父が自分にはプレゼントをくれなかったということで拗ねているに違いない、と父は思ったのである。
 二十歳も過ぎたからもう枕元に置いておいても喜ばれないだろうと思い、プレゼントを用意するのは弟の分だけにしたのだが、そういうことならば話は別だ。ここでプレゼントを渡さずして親と名乗れようか。いや、名乗れまい。
 しかし、いかに父といえど流石に今すぐプレゼントを用意はできない。だから今日の帰りに買ってくることで許してほしいと思う。今日の夜だってまだクリスマスだ。
 必ず忘れずに買ってくるからな、と父は口には出さず兄に向かって力強く頷いた。言葉にしなかったのは、そのことをわざわざ云うなど無粋極まりないし、十四郎は意地っ張りなところがあるから恥ずかしがって拒否するかもしれないと思ったからだ。父と子の強い絆があれば、きっとこれだけで分かってくれる筈である。
 パパに任せろという意気込みを示して父は、ぐっと親指を立てた。
 それに対して十四郎は、


 ―――ナ・ニ・が、グッドラックじゃボケェェェエエエエエエ!!!


 白い歯を見せたやたらイイ笑顔で立てられた親指をへし折ってやりたい気分で、内心叫んだ。睨みつける眼に、更に殺気がこもる。
 弟の言葉を真に受けて、仮にも自分の息子のひとりをプレゼントにするなど親のすることかと怒りが沸いた。もっと単純に、それ以前に、何考えてんだ、とも思うが。
 とにかく、どういうつもりだと胸倉を掴んで問い詰めたかった。

 そんな十四郎は、父の云ったプレゼントが銀時の部屋の枕元に放置されている箱を指しているのだということを知らない。

 因みに子供向けのラッピングで包まれたその箱の中身はヒーローものの変身ベルトだ。幼稚園で書いたサンタさんへの手紙に弟が「にーちゃがほしい」と一筆入魂したものだから、弱った父がおもちゃ屋の店員さんと相談した結果購入した一品である。それはまだ、枕元に置きっ放しにされているが。
 謂れなき罪を被せられた父が、兄弟でおそろいになるペアのかいじゅうパジャマを買ってきて兄の更なる怒りを買うことになるのはその夜のことだった。





07.12.25




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