山崎×土方/No.5




「何でって、お前、俺のこと好きなんだろ?」


 ……。
 …………。

 ………………。


「えええぇぇ?!!」







     蜘蛛の巣 ≪後≫





 何故。何で。どうして知っているんだ。
 心臓が止まるほどビックリした山崎の脳裏にフラッシュバックする、訳知り顔の沖田。


 ―――あの人ァ時々タヌキだから気ィつけな。


 断片的に甦る、午後の陽射しと黴臭い暗がり。そこで眠っていた土方。


 ―――副長、好きです。…好きなんです。


 違う。
 眠ってなどいなかったのだ、土方は。
 獣のようなこの人がいくら疲れていたとはいえ――寧ろそういう時こそより敏感なのに――、山崎の接近に気付かないわけがなかったのだ。
 タヌキ寝入りをされていた。思い掛けぬチャンスに浮き足立っていて、そんな可能性を忘れていた。自分の迂闊さに後悔がどっと押し寄せてくる。
 でも、何故だ。
 何故山崎が土方を好きだから、土方が此処に来るのだ。叶わぬ莫迦な想いを抱く自分を憐れんだとでもいうのか。…この男に限って、そんなのはありえない。
 だったらどうして。
 自分のことを好きな奴とならセックスしてもいいと思ってるわけもないだろ。それは何か間違ってるだろ。もしかしてこの人、案外性的にだらしないのかも…。え、それはちょっとショックだ。
 どう判断つけていいのか眼を白黒させる山崎を、土方は無自覚に容赦なく現実へと引き戻す言葉を口にする。

「ま、多少は痛いかもしれねェが我慢しろ」

 待って絶対多少じゃ済まないと思います!
 云いたいのに、舌が痺れたように声が出せなかった。
 土方は躰に跨って山崎を殴るときに時折見せる、残忍な笑みを口許に刷いている。屈み込んでそのくちびるで喉にちゅ・ちゅ、と吸い付かれ、猫みたいに舌で舐められて山崎は肌が粟立った。ぞわっと背筋を駆け下りたものが熱になって腰に溜まる。その感覚に焦る。
 途惑う山崎を顔を上げた土方の濡れたように光る眸が射抜いた。少しでも視線を逸らせば喰いつかれそうで、ヘタに眼が離せない。
 ダメだ。流される。
 見詰め合ったまま、まだ力なく垂れていた性器を掴まれて思わず腰が引けた。これ以上はシャレにならない。抜き差しならない状況だとは自覚していたが、指を使って扱かれて神経がビリリと感電するような快感が脳天まで突き抜けた。己の欲望を弄っているのが土方の手だと思うとたまらなかった。ああ、俺って何て意思の弱い奴…。
 いやらしく口唇を舌で湿らせる土方に触れたいと思ったけれど、それはいけないことのように思われて手が出せなかった。
 性欲の源を刺激されて浅くなる呼吸を必死で整えようとする。快楽が高まるにつれて土方に触れたいという欲求も膨れ上がった。行き場のないこの手で彼の着物を剥ぎたいと思う。この期に及んで山崎は土方を犯すことを考えて、後ろめたくなった。
 土方は自分に何をしてもいいが、自分が彼を汚す権利はなく、山崎には許せないことなのだった。
 だからだろうか。不埒な思いを見抜かれたのだろうか。山崎を反り返りそうなほど勃たせたところで、土方は突然に手を離した。
 見棄てられた、と思いかけたがすぐに違うと分かった。
 土方は膝立ちになって己の着物の帯を解き、躊躇のない仕草で今から風呂にでも入るようにぱっと寝衣を脱ぐ。露わにされるのはしなやかな筋肉のついた、引き締まった体躯だ。細身ではあるのだろうが山崎よりはガタイも良いし、ふくよかな胸があるわけでもなく、自分と同じ男の証がちゃんとあるにもかかわらず、山崎はその躰に紛れもなく欲情した。
 そんな自分にうろたえて、泣き出しそうに顔を歪めた山崎を誤解した土方が、山崎の双眸を覆うように手を伸ばす。そうして視界を塞がれる寸前に見えた、いつになく申し訳なさそうな土方に山崎は胸を衝かれた。

「見たくなきゃ眼ェ瞑ってろ。女ほどとまではいかねェが、それなりに気持ちヨクしてやるぜ?」










「え、ちょっ……ど…ッして…、副長?!」

 山崎は仰天してみっともなく上擦った声を出してしまった。
 勃起した山崎のモノに手を添えて、そこに腰を落としていく土方が挿入にどうしても伴う違和感の気持ち悪さに耐えて閉じていた瞼を薄く持ち上げた。その眼が瞬きすると、生理的な涙が一粒だけ耐え切れず流れた。
 どんなことをされても泣き言は云うまいと山崎は覚悟を決めていたのだが、これは予想外の事態だ。雄を受け入れる側を、苦しいほうを選ぶ土方が不思議でならなかった。本来そういう機能を有していない器官を貫かれるのは痛いんじゃないのか。今だってまだ、眉間に刻まれた皺は苦痛に拠るものだろう。
 痛みに堪える土方を見るのは苦しかった。苦しい、けれど、劣情も催す自分に嫌悪する。熱く蕩けた内壁に包まれる気持ち良さに呻いてしまう。
 山崎を完全に呑み込んで、色めいた吐息を洩らした土方は不粋な質問につまらなさげに答えた。

「男に突っ込むシュミはねぇんだよ」

 ならば、男に突っ込まれるシュミはあるのか。
 喉まで出かかった言葉を山崎は丸ごと呑み込む。
 土方は自分からゆるゆると腰を揺らめかせて、ァ、と小声で喘いだ。けれどそれは最初だけで、徐々に動きは大胆になっていくのに、動くタイミングを決めるのは彼自身だから嬌声は全部堪えてきっちり噛み殺してしまう。声を洩らすまいときゅっと下くちびるを噛んで、けれど快楽に酔い痴れる土方の表情だけでも山崎はイってしまいそうだったが奥歯を食い縛って射精感をやり過ごす。
 声、聞きたいな。誰かに、聞かせたことはあるのだろうか。
 今まで、誰と、どれだけ、どんなふうに。問い質してやりたいことは山とあった。けれど山崎には口に出すほどの勇気はなくて。悋気を顔の裏に隠して、自分の上で乱れていく土方を見上げる。
 ねぇ、あなたをそんなにしたのは、誰だ?

「――土方さん。体勢、変わってください」
「ぁン?」

 云うが早いか、土方の膝裏に手をかけて。自分が躰を起こすのと一緒にその足を高く持ち上げ、彼の上体を押し倒す。体勢が逆転する動きに山崎を咥え込んだ内部が擦れて土方は喉を仰け反らせた。
 その白い喉と、浮き出た鎖骨に口で触れて舌で愛撫して、宣言する。

「抱いてあげますから」

 そして自分以外の癖など塗り潰してやる。
 山崎は本気なのに、ハ、と莫迦にするように嘲笑した土方は鼻白んだ。

「てめぇにヤれんのか?」
「俺だって男ですよ」
「奇遇だな、俺も男だよ」
「知ってますよ!」

 だけど好きなんだ。
 皮膚の薄いところを狙ってきつく吸い上げると、土方の躰がヒクリと震えた。


「ぅ……ア、ぁ………ふっ…ン!」

 山崎は嬉しかった。わざと呼吸を乱すような間合いを計って奥を貫けば、土方は言葉にならない声を溢れさせる。今だけは土方を自分のいいようにしているようで、背徳感に似た興奮に背筋が痺れた。
 先端からとろとろと透明な液を洩らす土方の中心が動きに合わせて山崎の下腹部で擦られる。そこからも性感を得て土方はまた啼く。
 山崎の首に回された彼の腕はまるで自分に縋り付いているようだと甘い錯覚を噛み締めた。

「ふ、く長…ッ」
「ッやめ――ろ! ぃ、あっ……呼ぶな…」

 さっと土方の頬に朱が走って、山崎は少し意外に思った。いつものように役職名で呼ばれるのは厭らしい。どうしてかは山崎には分からなかったが、顔を染めた土方はちょっと可愛い、と腐った思いを抱いた。
 そして、こんな姿を誰にも見せたくないと考えてつらくなった。それを乞うことも願うことも、ましてや強要することもできよう筈がない。しかし身の程知らずなその気持ちを振り払うようにがむしゃらに土方を攻めても、殆ど紛らわせることはできなくて、どんどん欲だけが浮彫りになっていった。
 それは酷く苦しくて、つらくて、吐き出してしまいたくなる。
 激しい律動を気が抜けたように緩めて、山崎は顔をクシャッと歪めた。不可解げな土方の顔を見て、告げる声は情けなく震える。

「ねェ、俺、好きなんです。アンタのこと。ずっとずっと好きです。アンタが望むなら何でもしてあげます。だから、もう他の誰かにこんなことしないでください」

 俺はアンタの狗だから。呼ばれればいつでも行くから。
 この我が儘を、この嫉妬を、それだけは許して。
 性欲処理に使われるだけでもいいから。自惚れないから。
 アンタを好きだと云う、自分以外の誰かにもこんなことしてほしくない。
 苦しくて、油断すると逸らしてしまいそうになるから開いたまま耐えていた眼から、涙が零れた。一度そうなると止まらなくて、ぽろぽろと落ちて土方の肌を濡らす。
 困惑したように眉根を寄せていた土方は山崎の言葉を聞き、一転して呆れ果てた顔になった。それは、莫迦かお前は大莫迦か、と今にも罵りそうな表情で。
 予想外の反応に山崎は涙を流したまま、え、と首を傾げた。土方は説明するのも面倒くさいというような苦々しい様子で、情欲を残したままの吐息を深く洩らした。

「オメー…、確かに今更経験がねぇなんざ分かりやすい嘘は云わねぇが、俺が誰彼構わず進んでここまですると思ってんのか?」
「え? だ、だって…」

 だってあなたのことを好きな奴にしておけば、この行為が露見はしないだろうと考えたのではないのか。それ以外にどんな理由があるというのだ。
 思考停止に近い鈍さの山崎に苛立ったように、土方は首に回していた腕に力を込めた。山崎の頭を引き寄せて、真っ直ぐに視線を絡ませる。


「好きだぜ、山崎」


「……あっ!」

 されたのは、啄むようなキスだけだ。
 なのに心臓が大きく鼓動して、山崎は達してしまった。土方の言葉のせいだ。そんな、まさか聞ける日がくるとは思ってもなかった一言に動悸が止まらない。死ぬ。死んでしまう。そのうち反動で心臓が止まってしまう。
 耳の奥の血流音が煩くて、さっき耳が拾ったばかりの声をもう信じられなくなりそうだった。幻聴じゃないのか。
 副長が、俺のことを、好き?
 本当に本気でマジでか。この場合の本当の反対は嘘じゃないんだよ幻なんだよ。なんてわけの分からない説明まで頭の中でゴチャゴチャになっている。
 山崎は混乱して。一瞬、何が起こったのか分からないという風にポカンとした土方は、低く喉を鳴らして笑いだした。

「わ、笑わないでくださいよ!」

 漸く我に返ると途端に襲ってきた顔から火を噴きそうな恥ずかしさと、笑う微かな振動が土方の体内に埋めた自身から伝わってくるのに狼狽して情けない声で訴える。
 全く、このひとに俺は振り回されっぱなしだ。
 可笑しくて堪らないらしく、土方は目元を腕で覆ってクツクツと笑い続けている。薄いくちびるが愉快そうに吊り上がっているのだけが見えた。
 何て意地の悪いひとだ。
 さっきまでの謙虚さは何処へやらムキになって、壊れたように笑う土方の手を掴んで引き剥がす。真赤な顔をむっとしかめた山崎を見て、土方はやっとその心情を察したようだった。

「あぁ、悪ィ」

 けど、まだ笑みの収まらぬ声で云われても全然謝られた気にならない。
 山崎はぐっと捕らえた手首を土方の頭の横に押し付けた。そうして躰を固定して、腰を深く押し付ける。そこはもう勢いを取り戻しつつあった。

「どーしてくれるんです、これ」
「俺のせいか?」
「そうですよ」

 わざとぶっきらぼうな声で云って、口を尖らせる。
 そしてあの時には触れられなかったくちびるにやっと自分から口吻けて薄く開かれた隙間から舌を挿し入れた。はじめは恐る恐る、口腔の粘膜を舐って舌を絡ませる毎に水音がして、どちらのものか分からない鼻にかかった吐息が洩れて、けれど離れるとき名残惜しげに小さな声を上げたのは間違いなく土方のほうだった。今のキスで絶頂を迎える間際らしい。

「ン……いいぜ、じゃあもう一遍いくか。今度は満足させろよ?」
「え。それって、さっきのはダメだったってことですか…?」
「俺はイってねぇんだよ。何ほざいてんだ、下手クソ」

 最後の単語はゆっくりきっぱりとした発音で思いっきり強調されて、さすがに落ち込んでしまう。
 下手クソって云われたのは、はじめてだなァ…。

「………頑張ります」

 ああ、やっぱりこのひとには敵わない。








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04.12.05




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