銀時(先輩)×土方(後輩)/No.10


※献上物の先輩銀×後輩土の続きっぽかったり。






 視線が合うと、逃げられた。






     直球遠まわり





 廊下の窓から見える、階下の渡り廊下に可愛い後輩の姿を見つけた。
 移動教室の途中だった銀時は足を止め、寒さは承知の上で錠を外すと窓を大きく開け放つ。隣を歩いていた桂が寒いとか何とか咎める言葉を口にしたが銀時の耳には入らなかった。
 声の限りに、愛を込めて叫ぶ。

「ひーじかたー!!」

 ビクリと肩を揺らして驚いたのは、呼ばれた当人だけではなかった。
 少なくともその辺りにいた者はみな声の主を思わず探し、例外なく三階の窓から転落せん勢いで身を乗り出し手をぶんぶんと振っている銀髪の目立つ最上級生に眼を向ける。そして次に、その銀髪から熱烈な好意を注がれている、おそらく『ひじかた』という名であろう二年生の男子生徒を見遣った。
 黒くサラサラとした髪に、整った目鼻立ちと小さく形良いくちびる。切れ長の眼を今は驚きに丸く見開いているのが、普段の大人びた表情と比べて酷く幼い印象を与えた。
 銀時は持ち前の視力でそれを見詰め、ドキドキする胸に笑みを深める。
(あー、今日もかわいーなァ……って、アレ? アレレ?)
 しかし満面の笑みを浮かべる銀時とは対照的に、土方はふいっと顔を逸らして走り去ってしまった。

「ちょっ、土方ァ!? 何で逃げんの!?」

 一目散。そんな単語がぴったりの土方の逃げっぷりに銀時は酷いショックを受ける。大声で叫べど答えは返ってくる筈もなくて、銀時はガクリと窓枠にくずおれた。
 先ほどまではばら色だった世界が、真黒な闇に塗り潰されるかのようだ。
 しかしこれ以上ないほどに意気消沈している銀時に、悪友は平然とトドメを刺すような言葉を口にする。

「貴様が何か相手の嫌がるようなことでもしたのではないか?」
「莫ァ迦。俺がかわいい後輩にンな……、……………………」
「心当たりがあるらしいな」
「…………ヅラ、俺次の授業サボるわ」
「ヅラではない桂だ」

 いつも通りのご丁寧な訂正も耳に入らず、銀時はふらふらと力ない足取りで目指すべき教室とは逆に階段を上っていった。





 立入禁止で鍵も掛けられた屋上に通じる扉の前の、埃っぽい小さなスペースがお決まりの場所だった。
 部活にも委員会にも所属していない三年生の銀時と、剣道部員で風紀委員で二年生の土方の唯一の接点。たまたまやって来た土方に声を掛けて、それから何となく此処に居合わせたときには他愛無い話で盛り上がったりしていた。
 かわいい後輩。
 基本的に面倒くさがりの銀時が世話を焼いてかわいがっていた、下級生。
 そこにあるのは確かに好意であったが、土方は男だし、だから決して恋心とかそんなものではなかった。あのときまでは。けれどあのとき恋を自覚してしまった。そして考えてもみなかった感情の自覚に動転していたときに向けられた、土方の笑みに思わずキスまでしてしまったのだ。
 そりゃ嫌だろう。同性からキスされるなんて。避けるのも当然だろう。
 我ながら初々しい感情に舞い上がってそんな簡単なことにも思い至らなかった自分が恨めしい。
 ―――てか、俺土方に告白もしてねェよな?
 これは由々しき事態だ。
 ―――うおおっ、マジでか! そりゃねェ。それはナシだって俺!! 男としてそれはしちゃなんねーだろっ!!! ちょっ、土方! 土方呼んで今すぐ此処に! 寧ろ俺が連れてくるか!? って今思っくそ授業中ぅぅぅぅぅ!!! 駄目だそんなことしたらより一層嫌われるじゃん! 今でももう嫌われてるかもしんないのにっ! ど、どうしよ、どうするよ俺!?
 蹲って銀髪の頭を抱え、銀時はひたすら苦悶する。
 だから少し遠くから残響のように鳴り響く四時間目終了のチャイムに気付かなかった。だって、それどころではないのだ。
 ―――だ、駄目だ! 兎に角何かこのまんまじゃ駄目だ!! せめて駄目元でも告白だけはしなきゃ。土方に、好きだってことを伝えねェと……。だから、だから頑張れ俺! 負けんな俺!! お前はやればできる男だ銀時!!
 ぐっと拳を握り締めて、いつもは死んだ魚と同じだと云われる眸に決意の光が灯る。床ばかり見ていた顔を上げて、勢い良く立ち上がった。

「玉砕が何だってんだコノヤロー!」
「うわっ?!」

 銀時の大声に、丁度階段を上ってきたところだったらしい人影がビクリと躰を揺らすのが視界の端に見える。その人物から発された聞き覚えのある声に、銀時は硬直した。
 そんなまさか有り得ない、という思いがある。けれど、先には立入禁止の屋上へ続く扉しかない此処に来る人間なんて限られている。
 銀時は恐る恐る視線を動かして、階段のほうを振り向いた。
 そこには、弁当箱と思わしき包みとペットボトルを持った予想通りの人物が、呆気に取られた顔で立ち尽くしている。

「ひ、じかた……何で?」

 何でこんな処にいるんだとまだ数段下の処に立っている土方を見下ろすと、ムッとその口許が歪んだ。

「アンタがあんなッ、目立つことすっから総悟にからかわれて教室じゃメシもロクに食えねーんだよ!」
「あ、ああ……そっか。ごめん」
「……いいです、もう。じゃあ」
「えあ!? ま、待って!!」

 殊勝に謝ったら怒気を削がれたのか、ふいと踵を返して階段を下りていこうとする土方の腕を銀時は咄嗟に掴む。
 けれど土方の顔を直視するだけの勇気はなくて、項垂れると足許の汚れた床を見詰めた。謝罪や云い訳じみた言葉が脳内をグルグルと回って銀時を混乱させる。それを整然とした言葉として形作るだけの余裕もないのだ。なのに早く何か云わなければと気ばかりが焦る。吸い込んだ息を一瞬止めて、銀時はやっとの思いで言葉を吐き出しはじめた。

「いや、あの、こないだのは悪かった、と、思ってる…。俺は良かったけど。って、いやいや云いてェのはそうじゃなくてだな。あれは悪ふざけだったとかじゃ全然なくて、あのな土方! 俺、土方のことが、」
「先パ、イ……?」

 一旦喋りだすと止まらなかった。
 縋るような思いで土方の真黒な眸を覗き込み息を継いで、云う。


「好きなんだ! だからっ、ちゅきあって…!」


 土方が、きょとんとした。

「…………」
「……!」

 ―――俺の莫迦…!!!!
 選りにも選ってこの場面で噛むか普通!!?
 かつて、これほど後悔したことがあっただろうか、というほどの後悔に銀時は苛まれた。元から似たようなものではあるが、まさしく頭が真白になりそうである。
 時間が止まったかのように思考まで停止してしまった銀時を動かしたのは、思わずという風に洩れた小さな笑い声だった。

「………………っぷ」
「え? 土方?」
「……く、っははははは! 先パ…っ、…今、のおかしすぎっ!」

 余程ツボに嵌まったのか、涙さえ浮かべて笑みを滲ませたまま土方が銀時を見上げる。


 その顔ときたらアナタ。


「だからアレはかわいすぎだって。きれーな眼が潤んでこっち見てんだぜ? そんなん見たら我慢できるわけねェじゃん。好きなんだもん。無防備になられたら思わずちゅーしちまうって」
「それで頬腫らしてるわけか、また」
「土方ってやっぱいい拳してるよな。てことでまた冷やすもん下さい高杉先生」
「帰れ」



 坂田銀時、一世一代の告白に対する返答は数日後の湿布とかわいいあのコの赤くなった顔でした。





07.02.03




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