* SHORT SHORT STORY 3 *


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過去のweb拍手御礼短文やその他小ネタ。
≫目覚め/銀時×土方

 傍らに誰かのあたたかみを感じて目覚めたのなど、どれくらい振りだろうか。
(いや、こないだ寒かった日に神楽が潜り込んできてたな)
 それで掛け布団を奪われ、自分は陽も昇らぬ早朝にくしゃみで起きたのだ。
 そのときの悪寒を思い出したわけではないが、体温を隙間がなくなるように引き寄せて腕の中に閉じ込める。身じろいで漏れた寝息が素肌に触れた。それにくすぐったさを感じながら重力に従順に、さらりと垂れる黒髪を何度も梳いてやる。布団は被っているけれど素っ裸なのに全然寒くないことが恥ずかしいとも思うが、これはこれで心地いい。
 何しろいつもなら夜が明ける前に彼は銀時を残して消えてしまうのだから。
 なのに今日は一体どういった心境の変化だろうか。いや、銀時がこれだけ熱心に視線を送っていても眼を覚まさない辺りを見ると、単に疲れきって熟睡しているだけなのかもしれない。
「無理させすぎたか?」
 涙の跡が薄っすらと残る頬を撫でて、小さく呟く。
 けれど、拒絶はなかった。抱き寄せてもキスしてもそれ以上に及ぼうとしても、珍しく悪態のひとつも吐かれなかった。その時点で既に抵抗する気も起きないほど疲れていたということは、ないと思う。だったら最初から銀時の家に来たりなどせず寝てろという話だ。
「多串くーん、何があったの…?」
 頬杖を突いてぼんやりと独り言を云えば、言葉は朝の空気に白く濁った。
 そして独り言だったから、それに対して返事が返ってきて銀時は大層驚いた。
「だれ、かと抱き合って寝たかっただけだ」
 ―――誰かって、何! 誰でも良かったってことですかコノヤロー!!
 寝起きの掠れた声でとんだ爆弾発言をかまされ、思わず内心で叫ぶ。かなりショックで、元から白い…いや銀色の髪が白くなるような衝撃を受けている銀時の顔を土方は見上げて、あろうことか鼻で笑った。
「嘘だよ」
「なっ! おまっ、お前その一言で俺がどんだけ疵付いたか分かってんのか!! 一瞬俺って遊ばれてる?って思っちまったじゃねーか、つか実際ちょっと違う意味で間違ってねェじゃねーかチクショー!」
 銀時が一息に捲くし立てても、土方は意地の悪い笑みを引っ込めず肩を震わせていた。
 ―――ああもう、俺ってば弄ばれちゃって可哀想。
 これ以上怒る気になれなくて深い深い溜息を吐いて銀時がガックリ項垂れると、少し離れた距離を埋めるように土方が圧し掛かってきた。また予想外の展開に銀時はもう言葉も浮かばない。
「あー…、えーと、多串くん?」
「オメーと抱き合って寝たかったってのが、ホントウ」
 したり顔で笑う土方に、今この手に持っているのなら白旗を揚げて降参の意を示したかった。
 参りました。考えを改めます。
 目覚めたとき傍らに感じるぬくもりは他の誰でもなくお前がいい。




≫豹変/山崎×土方

 一体何がスイッチを入れてしまったのか分からない。
 唯、そういう空気になってしまって土方はギクリとした。
「副長…」
 待て。
 待て待て待て待て。
 ひたと視線を合わせたまま土方は息を呑んだ。手が畳の上を滑る。無意識に後退りしようとしている。気付き、茫然と硬直した頭で、何故、と。山崎の顔を直視できず眼を逸らす。
 堂々とは云えぬが、山崎とは上司と部下という間柄だけでなく恋人と呼んでいい関係を結んでいる。だから子を孕むことは永劫ありえないと分かっていても性交渉に及びたいという欲望もまぁ、相手を想えばのことで否定はしない。男女間でだって快楽や相手の気持ちを確認する為だけに交わるのだ。無意味にも有意義はある。
 そうとは思っているにも拘らず土方は怯んだ。
 犯される。
 実力行使に出られても撥ね除けてやる自信があるのにそんな単語が脳裏を掠めた。
 バカバカしいにも程が。山崎ごときに何を恐れている。怯えることなど、ないだろ。それでも山崎の雄の眼に、躰が震えた。口を開き、はくと喘ぐように呼吸する。眼が乾いて痛い。けれどここで瞬きをすることは決定的な間違いを犯すようで土方はどうとも動けなくなってしまう。
 押し倒されるのか引き寄せられるのか。分らないままに距離が縮まって感じるのはひらすらに危機感。紅い警告灯。ちかちかと急かされて必死に制止を吐き出す。
「ちょっ…待て!」
「待てません」
「てめ……ッ」
 口答えされた上、口に噛み付かれる。土方は顔を固定する手の意外な大きさに動揺して眼をきつく瞑った。
 ヤバイ。
 駄目かもしれない。
 いつになく強引な山崎に靡きそうになる。溺れないように息を吸った。そしたらふわりと白粉の匂いがして、そういえば今日まで遊郭へ密偵にやっていたのだと思い出す。
 何となく、この事態を引き起こした要因を悟った。
「待てっつってんだろうが…!」
 あんな安っぽい雰囲気に中てられやがって莫迦が!
 ずっと閉じていた眼を開くと焦点がぼやける。それでも山崎がやたらと切羽詰まった表情をしているのは分かった。しかしそれにしたって顔が近すぎる。土方は不機嫌に眉根を寄せた。
「お願いです、副長。俺……俺、もう」
 ぎゅぅっと痛いほどの力で抱き締められる。いや、これは最早拘束といって良い。

「もう想像だけでヌくのは厭なんです」

 酷く追い詰められた声で何を云うのかと思えば、大真面目にそんなことを告白するものだから土方は莫迦らしくなって気が抜けてしまった。
 目許を手で覆い、嘆かわしげに吐息すると山崎がおそるおそる顔色を窺ってくる。それはまるで従順な飼い犬のように。
「いい、ですか?」
「……仕方ねェな」
 これが、人の眼を欺くことに慣れた男の演技でなければいいと思いながら、土方は許可をくれてやった。




≫もらいもの/銀八×土方

 手のひらを天に向けて、手相を見せるみたいに差し出された。
 曰く、煙草を一本分けろと。
「自分のはどうしたんですか」
「教頭に喫煙室以外で吸ってたトコ見付かって取り上げられたんだよ」
 生徒ならともかく、教員が煙草を没収されるとは情けなくないのか。
 土方は口許の煙草を隠そうともせず担任教師である男と向き合いながら思った。
 屋上の強い風に攫われて紫煙が横へ横へとたなびく。その先を追うようにそっと視線を逸らして、土方は学ランのポケットを探った。すぐにぶつかる煙草のパッケージを教師へと放り投げる。それをキャッチして男は満足そうに笑んだ。
「さーんきゅ」
「今回だけですからね」
 喫煙を黙認してもらっているから、これくらい別に構わないのだけれど。しかし多くない小遣いで買っている税金ばかりの高い嗜好品だ。そんなにしょっちゅうたかられては敵わないので一応釘を刺しておく。
「土方ァ、火も」
「ライターまで没収されたんですか?」
「いや、面倒だから。あ、こっちでイイよ」
 学ランの襟を乱雑に掴まれ、ぐいっと引き寄せられた。思わず食い縛った歯で煙草を潰すと、僅かに揺れたその先端に新しい煙草が押し付けられる。焦げる音が微細に、しかし妙に大きく耳を打った。
 火がついたのを確認して、教師は手と躰を離す。そして笑った。何が面白いのだろうか。
「今度はこれなしでしたいね」
 これとは煙草のことだろうか。ちらりとそう思うが、男の真意を土方は意識して考えないようにした。
 はー、と蒼く気持ちいい空に向かって灰色の息を吐き出した教師が、教師らしからぬ顔をしてしみじみと云う。
「土方はまだまだ子どもだねェ」
「はい?」
「コレ、子ども騙しみたいに軽い」
 そういう、意味の、笑いか。
 カッとする頭で、お前のが重すぎるだけだと思ったが何も云わない。まだ吸いはじめてからの月日が短いからだと云うのはあからさまに悔しがっているようで癪だった。
 ムッと押し黙るしかなくなった土方を後目に教師は一服を済ませ、煙草を落として便所ゲタの底で踏み潰す。
「じゃあ、ありがとね。お礼にいつか、俺のも吸わせてやるよ」
「そんなお礼別に要りません」
「まァ、そう云うなって」
 屋上から校舎へと戻る扉を開けた男が、酷く意味深に口を斜めに吊り上げた。
 今まで見たことのない、土方の脳内に警鐘を響かせるようなその笑みが陽光のあたたかさを掻き消してしまう。
「でも、キツすぎて泣いちゃうかもね」
 どうしても、それが煙草の話には聞こえなかった。