朝食にお雑煮と、簡単なお節料理を何種類か食べて自室に戻ってきた土方は、一旦は開いた襖をそのままスパンと閉めた。

「………」

 襖を掴む手は強張って力が抜けない。足も廊下に貼り付けられたように動かない。外に雪もちらつくほど寒いのに厭な汗が流れた。早いのか遅いのか分からない速度で鼓動する心臓が耳に煩い。
 視界にこびり付いたさっきの有り得ない映像を消し去りたかった。有り得ない。錯覚じゃないのか。どうしてだ。自分の部屋に、居る筈のない男。
 ゴクリと唾を飲んで、土方はもう一度襖を押し開いた。

「多串くん、あけおめ〜」
「出てけェェェェ!!!」
「え、うわ、ちょっ…! 正月早々刀抜くのってどうよオイ!!」
「煩ェ! 俺ァ何でもかんでも略すヤツが嫌ェなんだよっ!」

 放たれる横薙ぎの一閃を、銀時は「怒ってんのそこなの?!」と突っ込みながら木刀で受け止めた。相手のほうが抜刀の勢いがあるせいで押されかけるが、それで負けては過去に馳せた異名が泣く。ついでに弱い男は嫌われる。誰にってそりゃ目の前で瞳孔開き捲くってるヤツに。…いや、既に何をやっても嫌われてるっぽい感じがしなくもないが。
 チッと土方が鋭く舌打ちした。そして素早く刀を翻し切っ先を突き出す。銀時はそれを後ろに飛び退いて躱した。それでもまた攻撃を繰り出そうとする土方に、このままじゃどちらかが倒れるまで続きそうだと思い、ここは大人の自分が引いてやろうと木刀を腰に戻して降参を示すように両手を顔の高さまで上げた。

「分かった分かったって明けましてオメデトウゴザイマスー! どうだコレで満足だろ!?」
「………まぁイイ」

 まだ渋々といった様子ではあったが、土方はひとつ大きく息を吐いて刀を下ろした。どうやら彼は意外と礼儀に煩かったらしい。
 ムスッとした不機嫌丸出しの顔付きで土方は畳に腰を据えた。銀時の顔など見たくもなかったのだが、背を向けるとそれはそれで何やら危機感を抱くので正面から睨み付ける。その殺気さえ篭もった眼光にも通年やる気なさげな男は飄々としていた。ムカツク。非常にムカツク。全く何で新年の朝っぱらからこんなに不愉快な思いをしなければならないのか。
 土方は着物の袂から煙草のパッケージを探り出し、一本咥えて火を灯した。ニコチンを肺の隅々まで浸透させると少し落ち着いた気になる。横目でいつも知らぬ間に掃除されている灰皿を探し、手元に手繰り寄せて灰を落とした。
 自分から口火を切るのはとてつもなく気が重かったけれど、このまま銀時に居座り続けられても困る。今みたいに、さも我が家であるように寛ぎきった姿勢で寝転がられても困るのだ。土方は煙草のフィルターをギリ、と噛み締めて唸るように声を吐き出した。

「で?」
「は?」
「ナニ勝手に人の部屋に上がり込んでんだこの天然パーマネント野郎?」
「あれ、そっちも怒ってた?」

 最早天パとも略さない辺りに愛のなさが窺える。これじゃ名前で呼んでほしいとかいう野望は夢のまた夢ってことか。残念だ。
 詰め寄ってくる土方の眼は完全に据わっていた。いい加減抜き身の刀から手を離してもいいと思うのだが、どうも彼は物騒でいけない。
 吐け、吐きやがれ。眼は口ほどにそんなことを云っていた。それを相変わらず死んだ魚のような眼で見返しながら銀時は思案するように顎をさする。

「あー、理由聞いても怒んねぇ?」
「それは内容によるな」

 因みに云わなかったら問答無用で斬る。そういう意味を込めて土方の手の中で握り直した刀がチャキと鳴った。
 銀時は何と無く居住まいを正したほうがいい気がして躰を起こす。珍しく正座なんかしてみたりして、それからすっと手を差し出した。そのいかにも何かを強請っている風に上向いた手のひらを土方は訝しげに見下ろす。それから銀時を見詰めると、思わせ振りに開いた口から出てくる声はおどけたものだった。

「お年玉、ちょーだい」
「アホかァァァ!! てめーの年齢考えろやもうイイ大人だろうが! 明らかに俺より年上だろうがッ!」
「心はいつまでも少年なんだっつの! ケチケチすんなよ金ねェんだよ! 真選組副長っつったら高給取りなんだろうがァ!!」
「人にたかってねーで働きやがれ無職!」
「無職じゃねぇ唯世の中の不景気に煽られて仕事がないだけだ!」
「威張んなテメーの場合絶対それだけが原因じゃねェだろ! だいたい、何で元旦からテメェの顔見なきゃ何ねェんだよっ」

 そこまで怒鳴って、土方は酸欠を起こしたように膝に肘を突いた手に顔を埋めた。俯くといつの間にか畳に落としてしまった煙草が眼に入り、のろのろと拾い上げて灰皿に棄てる。焦げ目が少し付いてしまっていて、腹立つというよりちょっと落ち込んだ。新年から散々だ。早くも今年が思いやられる。
 はぁ、と深く深く嘆息を吐いて目線だけを上げて銀時を窺った。その男はムカツクくらい暢気に土方を見ている。あまつさえ、「そんな厭だった?」などと鈍感な質問をぶつけてきやがった。土方は即座に答える。

「ああ、厭だな」
「…多串くん酷いね、銀さん疵付くなァ」
「知るかよ」

 憮然として云い返し、土方はふいっと視線を反らした。頬に当てた手で頭を重みを支え、刀を置いた反対の手で煙草を求める。ライターのオイルが切れかけらしくなかなか火が点かなくて、それがまた神経を逆撫でした。
 後で山崎に買いに走らせよう。寧ろ今からでもイイ。一声呼べばおそらく直ぐに走ってくるだろう。同じ屋根の下で暮らしているんだから、大声で呼べば聞こえないわけがない。それでなくてもこの屯所で大人数で生活していれば大抵のことは筒抜けだ。本当に、筒抜けなのだ。

「一人で来やがって、ウチの連中に勘繰られたら困るだろうが」

 ボソリと呟くと、銀時が呆気に取られたような顔をするから土方も思わず顔を上げた。銀時の半分垂れたような瞼から覗く双眸に痛いくらい凝視されて、居心地が悪い。何か変なことを云っただろうかと不安になる。
 ―――黙んじゃねーよ。何か喋れ、オイコラ。だって困るだろ。普通に考えれば可笑しいだろ。間違っても友好的とはいえない間柄にある人間が屯所に、副長である自分を訪ねて忍び込んできているなど。しかも正月から。何だ決闘か。決闘すればいいのか。そうすれば可笑しくないのか。それならいつでも受けてたつぞ。

 土方は多少混乱していた。自分の思考を整理するのに手一杯で、だから肩を掴まれるまで銀時が近付いてきているのに気付かなかった。
 濁っているのにやたらと深い色をした眸と至近で眼がかち合って、後退りしそうになる躰を土方は何とか押しとどめる。銀時が何故そんなに緊迫感のある顔をしているのか分からなかった。

「……それが怒ってた理由?」
「悪ィかよ」

 改めて問われると何ともいえず恥ずかしい気がしてきてぶっきらぼうに吠えた。肩に置かれた銀時の手を叩き落す。
 何しろとんでもなく勘の鋭いヤツがウチにはいるのだ。そいつにバレればどんな事態になるのやら、予測も付かないからこそ恐ろしいではないか。

「全然! けどそんなに隠さなくってもさァ、どうせなら見せ付けちゃわねェ?」
「叩ッ斬るぞ」

 すかさず鞘を放り出したままだった刀を握り、その刃を銀時の首筋に押し当てて低い声音で凄んだ。その真顔から本気の気配を嗅ぎ取って銀時は再び両手を上げる。

「いやまぁそれは冗談だけど…イタ、痛いから刀で突付かないで」
「ほぉ、だったら何が冗談じゃねェってんだ?」

 怒りに土方は口端を引き攣らせる。と、いきなりガシッと両手首を掴まれた。驚いて咄嗟に振り払おうにもびくともしなくて、土方は眉根を寄せる。直感的にヤバイと覚ったが後の祭りだった。
 全体重を掛けて押し倒され、眼を瞠った視界に、にたぁっといやらしい笑みを浮かべる銀時が映る。そんな顔で「お年玉は要らないからさ」と云われてもイイ予感がする筈がない。


「ボクと一緒に姫始めはいかがですか?」


 鳥肌が、ぶわっと。
 悪寒が、ぞくりと。
 全身を埋め尽くし、背筋を駆け抜けた。
 似合わない。余りに似合わなさ過ぎる。
 芝居がかった口調で囁かれ硬直した土方に銀時は、してやったりと満足げに笑みを深めた。
 ――わざとか。わざとだなこの野郎。
 激昂に土方はわなわなと震え、肺の底まで息を吸った。勿論、怒鳴る為に。


「ふっ…ざけんじゃねェェェ!!!!」


 屯所中に響き渡る怒声。その声に何だ何だ、と近藤たちが駆けつける頃には土方は着物を引ん剥かれ、あられもない姿にされていた。






あけましておめでとうございます。今年も何卒当サイトと管理人を宜しくお願いいたします。
石を投げずに生ぬるい眼で見守っていただければと…。(何するつもりなのアンタ)
正月からこんなノリでごめんなさい。ありがちーでごめんなさい。
で、続きの銀土エロをこれから書こうと思うのですが、それはメールで請求してくださった方にお年賀としてお送りしたいなぁ、と目論みました。(〆切りました。申し込みくださった方、有り難うございました!)

それでは本年が貴方にとって良い年となりますようにv

2005元日 羽月拝


もういい加減時効かと思いまして、メールで配信した続きをリンクしました。
此方(新窓開)からどうぞ。※性描写を含みます。お気を付けくださいませ。

(2008/01/19)



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